【前回記事を読む】病院の地下室で、サルのようになって死んでいく…収容された施設で出会ったのは、脳委縮に苦しむ患者だった。

第一章 悲の断片

第三節 仲間たち

私も含めて皆(みな)がそんな死の影の下(もと)に息(いき)づいていたのだ。

それにしても、仲間たちの多くが絶望のうちに死んでいった。信(しん)じ難(がた)いことだったが、アル中の六割が死亡し、三割が入退院を繰(く)り返し、一割が回復するという。事実、知(し)り合った仲間が一人また一人と姿を消し、死者の数は知り合った仲間が増えていくのに従って増えていった。

大抵(たいてい)はスリップと言って、酒を断(た)っていた者が、その禁断症状に耐(た)え切れなくて、酒を飲んでしまうと、酒を止(と)めることができなくなって、死に至(いた)るというものだった。それに合併症を併発(へいはつ)して病死する者もいれば、そんな人生を苦(く)にして自殺する者もいた。

もともと絶望(ぜつぼう)していた者が、アル中になったのであれば、アルコールを止(や)めて正気になったからといって、絶望が増(ま)しこそすれ、無くなることはないのには違いなかった。

それに酒という安寧(あんねい)の秘薬が無くなり、禁断症状の苦しみが加(くわ)わるとなれば、どうしようもなくなって、スリップして死(し)んでいくというのは、むしろ自然(しぜん)なことに思(おも)われた。

そんな禁断症状の苦しみは、飲まないと決(き)められた共同生活から逃亡することに現われた。何と多くの仲間たちが施設から夜逃げしたり、落伍(らくご)したりして、二度と帰らぬ人となったことだろう。逃(に)げて独(ひと)りになれば、飲んで死ぬのが落ちだった。

いなくなって、生(い)きているのか、死んでいるのか、分からないままに、消息(しょうそく)不明として忘れられた頃になって、あの人は死んだといううわさが囁(ささや)かれ、本当のところは何(なに)も分からないままに、その人は我々の記憶の中の死者のリストに入れられた。

といっても、そんなふうにして死(し)んだはずの人に、街(まち)でばったり出(で)くわすということもあって、驚(おどろ)くこともあったのだ。