驚くと言えば、どこから見てもしっかりした「あんないい人」が、ほんの四五日ほど姿を見せないでいて、突然、死んだと分かることだった。腐乱(ふらん)死体で発見されることもあって、誰(だれ)もその人の最後を口にしないのが普通だった。
そんな仲間たちの中で、私の中にも様々(さまざま)の禁断症状が起こっては消えていった。酒を断(た)ったその晩から、目覚(めざ)めているのか、夢を見ているのか、分からないような不思議な世界が現われた。
そして脅迫(きょうはく)的な幻聴や被害妄想が生じ、言い知れぬ不安と耐(た)え難(がた)い苛立(いらだ)ちに駆(か)り立てられた。そして、頭の中が真(ま)っ白で考えようとしても考えられず、思い出そうとしても思(おも)い出せない、という不思議な空白(くうはく)の中にいた。これは飲んでいなくても酔(よ)っている、ドライ・ドランクと言われる症状だった。
それにしても、私は朦朧(もうろう)として鈍重(どんじゅう)でいながら、それでいて耐(た)え難(がた)いまでに敏感になるという矛盾した精神状態の中にいた。神経が三倍も過敏になるとされ、集団生活で交(か)わされるささいな言葉付きにも、まるで神経を切(き)り刻(きざ)まれるかのように傷付いた。
震(ふる)えながら暴れ出しそうになる、そんな感情の耐え難(がた)さを、本当に、今日一日、凌(しの)ぐだけで精一杯だった。そんな時、「今日一日だけでいい、明日(あした)になれば、今日のことは忘(わす)れてしまうのだ」と、懸命(けんめい)に自分に言い聞かせて、やっとの思いで、今という時を過ぎ越(こ)すのだった。
そんな精神的な症状(しょうじょう)は、確かに、同じ症状を持った仲間たちの中にいてしか凌(しの)ぐことのできないものだった。
そして、肉体的にはさらに悲惨だった。まるで自分の体が自分の体でなくなって、さながら操(あやつ)り人形でも操るように、自分の体を操らなければならなかった。ことに膝(ひざ)から下の感覚が無くなって、宙に浮かんでさ迷(まよ)うようだった。それで蹈鞴(たたら)を踏むようにして、平(たいら)なところでもよく転(ころ)んだ。
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