翌月からモヒンガー社内に“サムライアクションクラブ”が設立された。もともとモデルのウォーキングトレーニングをしていたスタジオに、毎週一回の仮設道場が設置され、俳優修業の一環として武術の稽古が始まったのである。

ミャンマーの教育事情は、限られた環境下でその多くは暗記型の授業で、母国語と数学を教えるのがやっとの状況だった。情操教育の余裕はなく、僕はこれまで保健体育を一度も教わった経験のない若者に武道を教えることとなった。

床にはクッション材を敷き詰めて柔道場のような環境が作られた。僕はさらに自室からベッドのマットを剥がしてスタジオに運び入れた。

戸惑いも多々あったスタートだったが、その後稽古の回数を重ねる若者たちはスポンジの如く多くを吸収していった。そして稽古は段階を経て基礎的な体操の分野から、簡単な柔道の動作へと進み、やがて僕が学生時代に学んでいた少林寺拳法を体験する段階へ進んだ。

少林寺拳法はアジアのアクションには似合う。突き蹴りには空手ほどの鋭さはないが、フルコンタクト系なので避けなければ顔面を打たれてしまう。僕は稽古に来るミャンマーの若者たちにリアルな突き蹴りを要求し、受け手側には、攻撃側の繰り出す拳を舐めるくらいまでぎりぎりで避ける練習を繰り返しさせた。

稽古の最後には、居合道の実演をしてみせた。僕は大学を出た後は小田原で田宮神剣流の継承者に師事していたので、師範に連絡をし自分に居合を教える技量はないがミャンマーの若者たちと一緒に稽古をする許可をいただいていた。

「武」という文字には、相手の矛を止める意味がある。内戦の終わらないミャンマーの若者たちに稽古でそんな話も織り交ぜた。

毎回の稽古終わりの、全員で車座になって感想や気付いたことを語り合う時間は僕にとっても貴重だった。

「皆さん今日もご苦労様でした。今ご覧いただいた居合道の形では刀は一振りですが、かつて武士は大小二本の刀を腰に差していました。大刀は敵と闘うのですが小刀のほうはどのように使うかわかりますか?」

稽古の参加者は、ほとんどビルマ語しか話せないメンバーだった。こういう場面では、稽古に参加しているニンが一生懸命に逐次通訳をする。

「大切なことは、武士に二言無しということです。嘘は付かないという意味で、武士は自分の言葉に責任を取るということです」

伝えたい大事な部分は、一語一語を区切り、通訳しやすいように語るようにした。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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