【前回の記事を読む】母が妹だけ連れて家出して、私は父と2人暮らし…完全にイカレた父が木刀を振り上げた。〈本気じゃん、やられる〉振り返らず走った

第一章 逃走

母さんはよく駆け落ちをする女(ひと)だった。

当時、母さんは喫茶店「リオ」を経営していて、和田はそこの従業員だった。

子連れの愛の逃避行。母さんは私たちと若い男との生活費を稼ぐために、夜になるとどこかへ働きに出るようになった(多分、水商売だったのだろう)。和田はまだ一歳になったばかりのタエを寝かしつけたり、離乳食を食べさせたり、風呂に入れてくれたりと、とてもよく面倒を見てくれた。

駆け落ちから数日後、和田は私にクレヨンを買ってくれた。嬉しくなってその箱の裏に名前を書こうとしたら、和田が「有香ちゃん、『ワダユカ』って書きなさい」と言った。「もうこれからね、有香ちゃんは『ワダユカ』になるんだよ」

〈今から思えば結構、母さんのことが好きだったのね、和田って〉

でも、私はそんなことを要求する和田に対して無性に腹が立った。

「私は『ワダユカ』って名前じゃない! 『カネシゲユカ』なの!」と怒り出し、激しく泣いた。そんなこともあり、和田をどうにも好きになれなかった。