「……平先生は、私のことを色々と考えながら話してくれますね」

初めて名前を呼ばれた。予期せぬことに驚きで心臓が跳ねた。

「ここまで私を思って話してくれた人は、過去にいなかったので……戸惑っています」

彼女は眉ひとつ動かさず、淡々と語り始めた。

過去の家庭教師から受けた嫌な仕打ち。

そして、今の学校で避けられ、本当は周りと話したいのに、どうすればいいかわからない孤独。

事情は違えど、そこには以前の僕がいた。僕は居ても立ってもいられず、友人のあの言葉を口にした。

「……笑顔で挨拶から始めたら、仲良くなれるかも。ほら、波瑠さんの笑顔は、宝石箱のようだから!」

波瑠さんは一瞬、呆気に取られたようにフリーズした。

そして――溜め込んでいた感情が溢れ出すかのように、彼女の肩が微かに震えた。吹き出した瞬間、彼女は慌てて咳払いをして誤魔化した。

「……笑ったね」

「そんなことで笑いません。……本当に、平先生は変な人ですね」

業務連絡以外の初めての会話。

窓の外では梅雨明けの力強い太陽が照りつけていた。僕と波瑠さんの間の氷がようやく溶け始めるのを感じた。

あれから僕は、大学での他愛ない話や、かつての貧乏エピソードを、授業の合間に面白おかしく話すようになった。波瑠さんは眉ひとつ動かさなかったけれど、僕の話を最後まで静かに聞いてくれた。

最近では彼女の方からも、少しずつ友達ができそうな兆しを話してくれるようになり、育ちや環境は違えど、内に秘めた孤独が似ている彼女の悩みが、自分のことのように痛く響いた。

「なんで勉強しないといけないの?」

小学校の頃、僕は一度だけ母にそう問い詰めたことがある。

遊んでいる友人たちが羨ましくて、我慢ならずに聞いたその瞬間、視界が火花を散らした。顔が赤く腫れ、血溜まりができるまでぶたれた。

「お父さんのようにならないためよ!」

血と涙でぐしゃぐしゃの僕を、母は般若のような顔で怒鳴りつけた。あの恐怖は、今でも脳裏に焼き付いて離れない。