【前回記事を読む】初めての家庭教師で、汚物を見るような冷ややかな視線を生徒から向けられた。つい言ってしまった“ある言葉”に…

一万円で君と会いたい

承 邂逅

「御幸くん、変わったね」

家庭教師を始めて1ヶ月が経つ頃、友人たちからよくそう言われるようになった。

東屋さんの計らいで妹の入院費の心配がなくなり、手元にはこれまでの倍以上の給料が残る。心に余裕が生まれた僕は、誘われるがまま飲み会、ボウリング、カラオケと『大学生の遊び』を片っ端から経験し、ついにはオールまでした。

普通の大学生ができることに喜びを感じ、何より、遊びを通じて友人との距離が縮まった実感が、僕を内側から変えていた。

「家庭教師の調子はどう?」

そう聞かれると、僕は顔を伏せる。

波瑠さんとは、あの日以来、勉強以外の会話を一切していない。東屋さんからは「彼女の心を開いてほしい」と頼まれているのに、何もできていない申し訳なさが募る。

「……君の笑顔は宝石箱のようだとでも、言ってあげたらいいんじゃない?」

友人がおどけて提案し、周りが「平くんにそんな恥ずかしいこと言えるわけないだろ!」と笑う。

「何か気になることでもあったのか?」

心配する友人に、僕はぽつりと漏らした。

「……君の人生なんだから好きなことをしよう、って言ったら睨まれて。僕に言えた義理じゃないのにね」

自嘲気味に笑う僕に、仲間たちは「かっこいー!」と茶化しながらも、温かい眼差しを向けてくれた。

その日の指導後、僕はいつになく重い静寂の中で、独り言のように話し始めた。

「実は……僕、東大に行った理由がないんだよね」

波瑠さんの手が止まった。今までにないほどじっと、彼女の瞳が僕を捉える。

母に流されるまま進学したこと。目標を持つ友人たちへの劣等感。妹の入院費のために必死だったこと。そして、そんな妹と波瑠さんを、どこかで重ねて見てしまっていること……。

「自分のことを話さなきゃ、相手も話してくれない」という友人の助言を思い出し、無我夢中で自分をさらけ出した。話し終えた後、僕は「自分語りをしてしまった」と激しく後悔した。

しかし、波瑠さんの口から漏れたのは拒絶ではなかった。