【前回の記事を読む】亡き母の言いつけ通りに親戚付き合いしていたのに…従兄から「もう、こういうのはやめよう」と言われた。

Chapter 1 家族という鎖に縛られずに生きる

「いい人でいたい」という思いを手放す

父への献身が裏目に出る

特にショックだったのが、娘が口にした「お母さん、全然おじいちゃんの面倒を見ていないじゃない」という言葉です。

私は母が亡くなったその日から父と同居して生活を共にし、面倒を見ていました。

父は、母がいなければ何もできず、家のどこに何があるかもまったくわからないような人でした。

母が亡くなった直後、まだ遺体が温かいうちから、自分の先行きが不安になった父が「一緒に暮らしてほしい」と、頼んできたのです。

しかし、大人になってから一緒に暮らしてみると、母の友人が電話で話していた通り、父は大変な人でした。認知症が始まっていたためでもありますが、自己中心的で天邪鬼。そして、すぐに嘘をつきます。

母が亡くなってから、父は重石が取れたように、毎晩飲み歩いていました。

「父がそうしたいなら」と、私たちは出歩くのを容認していたのですが、内心では「出先で何かあったらどうしよう」と心配で、気が休まる暇がありませんでした。

父が飲み屋への行き帰りの道で動けなくなり、近所の人に助けられたことも何度かあります。

ところが、私と夫がどんなに父の意思を尊重し、優しくし、一生懸命に尽くしても、父は感謝の言葉一つ口にしないどころか、「娘夫婦に捨てられた」「ほったらかされている」「わしはおらんほうがええんじゃろ」などと、親戚やご近所や飲み屋さんに触れ回ります。

介護ではよくある話ですが、おかげで、私たちはいつの間にか、父の言葉を鵜呑みにした人たちから悪者扱いされるようになり、父を飲み屋に迎えに行けば「ちょっとは面倒を見てやらんか」と言われ、特に遠方にいる妹からはひどい仕打ちを受け続け、娘からもつらい言葉を投げつけられるようになりました。

 

「こんなによくしてあげているのに、なぜこんなに攻撃されたり嫌われたりしなければならないのか」というネガティブな思考に支配され、父と暮らしていた数年間は、ろくに眠ることすらできませんでした。