「そうだ! 当時の担任の谷岡先生には言ったわね。あの先生は、遥香の担任を二年間も務めてくれたし、遥香が亡くなったことも、学校の手続きとかそういうので、あの方には隠せなかったのよ。誰にも言うなって言われてたから、遥香には申し訳ないんだけどね」

笑って言う由紀子さんの前で、僕はよく納得した。谷岡先生が遥香の居場所として、白ヶ丘を指したのは、彼女のお墓がその場所にあることを知っていたからだ。僕はお墓という選択を無意識に捨て病院に向かったが、彼女はほんの近くにいたのだ。

「今日はもう遅いから、お墓には行けないと思うけど、今度行ってあげて。家にだってまた来ていいんだからね」

由紀子さんは、完全に僕を受け入れてくれたようだ。彼女の温かい優しさをいっぱい胸に受け、僕は緑川家を後にした。

たしかに、由紀子さんの言う通り、夕日はすでに半分くらい沈んでいて、空は闇に包まれそうになっていた。気がつかなかったが、緑川家に相当長い時間いたようだ。

「前を向いて生きていく……か」

大切な遥香の願いとあらば、聞かないわけにいかない。前を向くために、僕はその足で乗り越えなければならない場所へと向かった。

インターホンを押すと、しばらくして扉が開いた。

「あんた、急にどうしたの?」

驚いた表情の母が僕を見る。エプロンをしていて、手が濡れている。夕飯の支度をしていたのだろう。

三年ぶりに見た母は、ほんの少しだけ老けたように見えた。どこがと言われれば、わからないような、ほんの些細な老けは、三年という月日の長さを改めて感じさせるのに、十分だった。

「えっと……、久々に帰ろうかと思って。急にごめん」

母はため息をつくと、優しい眼差しを僕に向けた。

「なにを謝ってんのよ。ここがあんたの家でしょうが。ほら、入って入って」

母は僕を玄関に通すと、急ぎ足でキッチンへと向かい、姿を消した。

「ちょっと、お父さん、優が来たよ」

「なに? 優が? どこだ」

「玄関よ」

僕から見えないところで、父と母の会話が聞こえる。久々に聞いた両親の声だ。なんだか懐かしくて、涙が出そうになった。ずっとここに来ることを拒んでいたのに、不思議な感情だ。