【前回の記事を読む】人柱伝説の真相を知る府内城の鏡石――石だけが語る“封じられた真実”とは
第一章 プロローグ
「幾つになった」
「十四にございます」
姪や甥は可愛いものだ。ましてや姉似で利発な蛾眉(がび)となればなおさらである。
宗麟は幼少の砌(みぎり)その姉によく遊んでもらった。宗麟は幼名を塩法師丸(しおほうしまる)といったが、姉が、しお、しお、と呼びながら繋いでくれた手の温もりを今でふびんも思い出す。
その姉の子が御家のためとはいえ遠く南国へ嫁いでいく。不憫である。
宗麟は目を細め慈愛に満ちた微笑みを阿喜多(おきた)に向けながら、
「其方(そち)の嫁する日向伊東家は島津にも伍(ご)する強国じゃ。伊東義祐(よしすけ)殿の嫡男義(よします)益殿は、剛健質朴(ごうけんしつぼく)にして風流を解する穏やかな御仁(ごじん)と聞き及ぶ。其方も忠節を尽くし支え合って御家を守るのじゃ」
宗麟は遠方に旅立つ健気な姪の姿に、こみ上げる情愛を抑え切れず、
「入り用のものは何にても持たせるによって、遠慮なく申せよ」と、語り掛け、
加えて、難渋の節は叔父である自分を頼るよう、念を入れて阿喜多に言い聞かせた。
阿喜多とその一行は数日臼杵に逗留し、秀麗で威容を誇る耶蘇(やそ)教の聖堂も見物し、所望は控えたが、それでも叔父が持たせた心づくしの品々とともに日向へ下っていった。
永禄六年(一五六三)春のことである。