「お疲れ様でした」
陽子が前掛けを外しながら、老医師、祖父の時次郎に微笑みかけた。
「お夕飯の準備をしておきましたので……汁だけは温めなおしてくださいね」
老医師は名残惜しそうに陽子を見つめる。
「陽子さんも一緒に食べていかんかい」
「ごめんなさいね。今日はどうしても、戻らなくっちゃならないんです。哲也さん、お父様のお話し相手になってあげてね」
「そうだ。ちょくっと待っておくれ」
そう言って老医師は奥に引っ込んだかと思うと真新しいスウェーデン製の中判カメラを持ち出してきた。
(すごいな、骨董品だ。『今』ならどのくらいの価値があるだろうか)
「新しいカメラのテストや。ほらそこに座りや」
三脚にカメラを据えつけると、哲也と陽子を並ばせる。
老医師も二人の横に立つと、大きなフラッシュのランプがバチンという音を立てて光った。視界に青緑の光の残像が残る。
「すみませんねえ、哲也さんまで。お父様ったらカメラには目がないの。じゃあまた明日お手伝いに来ます」
そう言って陽子は帰った。
「本当に明るくて良い子じゃ。お手伝いさんが仏事で休むと言ったら、すぐに自分から手伝いに来てくれた。こんなに綺麗に晩飯まで作って……まったく智志も幸せモンじゃあ。ほれ、あんたの分まである。飯にしようじゃないか」
老医師はテレビのスイッチをひねり卓袱台(ちゃぶだい)に腰を下ろす。旧式の真空管式のテレビは映像が出てくるまで時間がかかった。白黒映像のニュースは東京タワーの建設が順調に進んでいることを報じていた。
じっと画面を見つめる哲也に老医師が話しかけた。
「記憶、大丈夫なんやろう」
「えっ」
「おまんの行動を見ておると、そう結論づけるのが正しいように思えてきた。わしもまんざら藪医者でもないやろう。どうや、母親の若い姿を見た感想は」
言葉を失って戸惑っている哲也に老医師は続けた。
「おまんが寝こけている間に、そのバッグの中身を見せてもろうたきね。悪く思わんでくれ。免許証の生年月日やら、財布のお金の日付やらにびっくりしたわ。まさかとは思うたが、おまんは、いや哲也は、わしの孫なのだな」
穏やかな表情で頷きながら話しかけてくる。
「あの……はい……いえ……どうも、そのようだと思います」
老医師は頷いて微笑んでいる。
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