【前回の記事を読む】「寝る時の癖って許せるのと許せないのがあるね」夫の美人同期が意味深に笑った瞬間、新婚2か月の妻は口を押さえ……
耳
耳を澄ます 愛理二十九歳 2
健友にそんな癖があるなんて、新婚旅行のドイツに行くまで知らなかった。結婚前に朝帰りをしたのはたったの2回。その時はなんとか我慢をしていたんだろうか。なら、あのおねだり癖を知っている亜季は、いったい何回、健友と夜を過ごしたというのか。いやいや。これはまだ確定事項ではないんだから。落ち着けと愛理はAカップの胸をさする。
初めて訪れたベルリン。建物は荘厳で素敵だったけれど、あまり手の込んでいない魚料理にお決まりのザワークラフトをつつき、それでもこれからの新居に何を揃えるかなどと最高に楽しい会話の後、ベッドに入った。
旅行前に選びに選んだシルクのスリップをあまり見もせずに脱がされてしまったのはともかく、すっきり顔の夫は私のうっすら汗をかいた首に手を回して囁いたのだ。
「ねえ、子守歌を歌ってよ」
聞き間違いであってくれと思った。新婚旅行のこの記念すべき夜の静寂に、腕枕をした男が女にいうせりふですか。
もう一度、おねだりされた。
「ねえ」
正直、引いた。気色が悪いとはこのことだ。
なんでこのシチュエーションで、29の新婦が32の新郎にそのような奉仕を。
精一杯無理をして、歌の代わりに適当なハミングをして頭をなでてあげた。涙が出そうだった。旅の疲れか彼は直ぐ寝た。
「おお神よ」普段はあまりしないが、神に問いかけさせてもらった。
彼はそうマザコンですか。そうみたいですね。私は今日から妻ではなく、彼の母にならねばいけませんか。
ぐったりとした気持ちになり横を見ると、目を閉じてものぞく長いまつ毛、高い鼻梁、あごのラインがすっきりとしたイカシタ、しかしとんだ184センチの大きな甘えん坊が可愛らしく寝息を立てていた。
今日だけは許す。私は宣言するように彼の顔を見下ろして優しくいった。
『今日』だけに終わらなかった。それはもう寝る時の儀式、癖に他ならない。毎日ではないけれど、多い時には週3回ねだってくる。どうしてくれよう。
さすがにいちばん信頼のおける恵にも相談できない。中学からの親友、まりえは海外研修でサウジで頑張っている。遠すぎる。