弐─嘉靖十三年、張(チャン)皇后廃され、翌十四年、曹洛瑩(ツァオルオイン)後宮に入るの事
(2)
「おお、やっと小春が来た」
火をおこせば、おもちゃ屋のおやじが、かじかんだ手をかざしに来る。
ついでに、莨(たばこ)の火もつけた。
「あいつ、きのうも来てやがったよな」
女の顔が、通行人の腰の位置あたりにのぞいている。脚を投げだしてすわり込んでいるのだが、よく見てみると、両足の、膝から下の部分がない。
斬られたのだろう。
どこからかさらわれて来て、あるいは獄につながれて、斬られたのだろう。
彼女は、うなだれた姿勢のまま、沈痛な表情で人のあわれをさそいつつ、右の手を頭のうえに出す。通行人が銭をにぎらせてやると、パッと袋にいれ、また右手を出す。見ていると、なかなか巧みだ。
「おたのみ申す」
物ごいの女が、あたりに呼びかけた。
「おたのみ申す。誰か!」
そばに寄ってみると、女は両手と膝がしらとでからだを起こし、四つん這いの姿勢をとった。脚の、接地する部分には、布が巻かれているが、その形は足うらのように平らではなく、丸くなっているため、直立しようとすれば、平衡をうしなって、倒れてしまうのであった。
「すまないが、あたしを、目抜き通りへ連れていっておくれ」
私たちは、顔をみあわせた。
「どうしてだ」
「あたしは目は見えないけれど、鼻はきくのよ。さっき肌の黒い、異国人が通ったでしょう?」
「え? 見てないぞ」
「においがしたのよ。こういうときはたいてい、隊商が、あとからやって来る。目抜き通りなら、きっと通るわ。そこへ、連れていってちょうだい」
本当だろうか。異国人の隊商が来るなどと? 半信半疑ながら、彼女を、のぞみの場所へとおぶって行った。
彼女のような物ごいは一人ではなく、たいてい組織的に動いていて、なわばりもきめられている。背後で、糸をひく親方がいるのだ。親方がその日の人通りを予想し、人員を配置し、必要ならば送り迎えもして、交通の要所要所で、集金の口をあけるのである。子分は、その日のかせぎをさし出し、親方は公平に分配したうえで、なにくれとなくめんどうをみる―ことになっている。
「みろ」
はたして、建物の壁と壁のあいだから、見慣れぬ風体をした一行が、大通りをすすんでゆくのが見えた。
「さっきの女、目が見えないと言ってたが、大したもんだ。神のごとき明察とは、これだな! ありゃあ、回教徒の隊商だ。ひょっとすると、あっちの王様じきじきの使節団かもしれないぞ。あんたんとこみたいな大きな商家も、いちまい、嚙んでるんじゃないか?」
それは、ありうる。
「ま、とにかく、あの隊商がたんまり稼いだら、物ごいのやつばらにも銭がまわって来るってわけだ」