誕生前のカオス

通常学級に進んだ前出の男児は、自閉症的行動が多かったが言葉は出ていた。もう一人、開業直後から通っていた年長で重度の自閉症の男児は発語、発声がなかった。

泣く時も顔をゆがめ、口を開け、涙は出るが声を出すことはなかった。両親と面談した時、排泄は教えてはくれないがトイレに連れていけば出す時もある、スプーンを持っていられないので食べる時は手づかみ、おもちゃで遊ぶこともしないと言った。

男児の家庭での様子が想像できた。こばと塾でも同じ色のマッチングはできなかったし、同じ形の認識も不可だった。

彼は私が指差したものを見ることもなく顔をそちらに向けることもなかった。コミュニケーションには欠かせない共同注視ができなかった。

まだ多動は出ていなかったが、聞いてもわからず、見てもわからず、泣いても声を出すこともなかった。ヘレン・ケラーの三重苦を想像させた。

彼はまるで暗闇・混沌の世界を漂っているようで取り付く島がなかった。とにかく何か療育の取り掛かりをつかまねばと、私は「おもちゃ図書館」に彼を連れていった。

そこは海の家の近くで、市立の療育センターの中に併設されていた。彼はおもちゃを見ても、自ら興味を示すことはなかったので、私は彼の手を取っておもちゃに触らせたり、オーバーアクションと声で彼と一緒に遊んだりした。楽しそうな反応は出なくとも、とにかく脳に刺激を与えたかった。

試行錯誤を重ねるうちに、椅子に長く座れるようになり、クレヨンも持てるようになった。私は次の段階としてクレヨンの箱から自分で色を選ばせるようにした。

すると彼はいつも無彩色しか選ばなかった。私は内心なぜと思い、クレヨンの並びを変えてみたが同じだった。彼は白黒写真のような色のない世界で生きているのかなと思った。

就学は当然、養護学校が良いと私は考え、いつも送迎しているお父さんにそう提案した。ところが両親の考えはそうではなかった。

通常学級に入れるというのだ。彼の自閉の症状は「見る・聞く・話す」に困難を抱えている。そのどれもが個別の対応が必要だ。通常学級は厳しいのではないかと私は反対した。

通常学級の担任は一人だ。彼に合う個別の教育を要求することはできない。私は断言した。学校でもこばと塾同様の個別の対応がなければ療育の積み重ねができない。

しかし、両親の通常学級入学の希望は揺るがなかった。かれらもまた、障害児を通常学級に入れる運動の団体に入っていた。

 

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