現実に分割領有の密約を反故にするような行動を武田方が起こした、つまり掛川城を包囲する徳川陣の背後を、信濃から侵入してきた秋山伯耆守の軍勢が脅かしたのである。
これについて『三河物語』は「秋山ハ信濃寄モ遠江の國アタゴヘ出て見付之郷に陣取而、國侍供ヲ引付ントス。然處に家康寄仰ツカハサル。大炊河ヲ切而、駿河之内ヲバ信玄之領分、大炊河ヲ切而、遠江之内ヲバ某領分ト相定而有處に、秋山被出候事ユワレ無、早々引帰ラセ給得ト、御使之立ケレバ、畏而候ト而、山ナシヘ引入」と記述している。
家康が抗議を申し入れた内容は、大井川を川切にして、駿河を武田の領分、遠江を徳川の領分として定めたのに……であるというのである。
「秋山異儀に不及シテ引ノケルハ、秋山ハ巧者ト社ハ申ケル」とあるので、信玄はこの抗議を受け入れて秋山勢を甲斐に退きさがらせたということである。
ということは、多少の齟齬があったにせよ、①の分割領有の密約が存在し、信玄はそれを確認して対処したということになるように思われる。
しかし、②の実力次第で川を越えて侵略してもよいという「切り取り勝手」という解釈にも一応の根拠があるようである。
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