忠司は腹の中で(嫌味な奴だ)とつぶやいた。スーザは話を続けて言った。

「この絵と同時期にレオナルドは同じウフィツィ美術館のヴェロッキオ作の『キリストの洗礼』の中で、左脇の天使を描いている。ヴェロッキオはレオナルドの師匠です。しかしヴェロッキオは後で後悔したんじゃないでしょうか」

忠司は『キリストの洗礼』を持参のタブレットに出した。忠司はスーザの言いたいことを理解した。確かにキリストの左側に位置する、レオナルドが描いたという見返り美人のようなポーズの天使の顔は憂いを帯びて美しく、絵の中で他の登場人物を圧倒して観る者の目を引き寄せている。主役のはずのヴェロッキオの描いたキリストや洗礼者ヨハネの姿が霞んで見えるほどだ。

スーザは自分の知り合いにルネッサンスの巨匠の絵を買いたがっている人物がいるが、予算は五百万ドルだと言った。サバティーニは数字が二けた違うと言って笑った。

「あなたはいつもそうやって私をからかおうとするが、その手には乗りませんよ」

スーザは首を振って言った。

「パンデミックの後で絵に五億ドル出そうという客など、たとえその絵が本物のレオナルドであろうとも、いないでしょう」

だがサバティーニは宣言した。

「自分の知っている裕福な顧客が『レオナルドの本物なら五億ドル出してもいい』と言っている」

スーザは信じられないという風に首を振った。

「一体誰ですか、あなたのお客は? これだけ時代を経て美術界の情報がランク付けされた現代では、レオナルドの新しい絵の発見はまずあり得ない。唯一の可能性は真偽のほどに疑問があり、論争の絶えない作品を、リスクを承知で購入することだ」

スーザの口ぶりはやけに断定的で聞く者を挑発するかのようだった。

「それではこの絵なんかどうです?」

忠司は自分のカメラで撮った絵の写真を出して見せた。例の空港で謎の女が持っていたバッグの中身の絵である。

 

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