「人、じゃなくて?」
問われて、私は答えに詰まる。
人かどうか。
そんなことを決められるほど、私は賢くない。
それでも、何かをはっきりさせておかなければいけない気がして、喉の奥で言葉を探した。
「……まだ、よくわからん」
最終的に出てきたのは、その曖昧な一文だった。
息子は、しばらく私を見つめ、それから、ふっと肩の力を抜いたように笑った。
「それなら、いいや」
「いい、とは」
「嫌い、じゃなさそうだから」
その基準に、私は苦笑する。
嫌いかどうかを判断するには、たしかにまだ早い。
だが、完全に拒絶することもできなかった自分に、どこか安堵している自分もいた。
テーブルの上のフレームは、何も言わずに、ただそこにある。
さっきまでそこに「彼女」がいたという事実だけが、湯飲みの横に、湯気の消えかけた茶のように、薄く残っていた。
第3章 仕様と設定
ミユが家に来た日から、しばらくのあいだ、リビングのテーブルの上には黒いフレームが置きっぱなしになっていた。
アラタは持ち帰るでもなく、「また今度来るときに使うから」と言って、そのままにして帰っていった。
透明なレンズと、耳にかけるための細いつる。そのどこにも、特別な飾りはない。
ただ、こめかみにあたる部分だけが、わずかに厚くなっている。そこに、あの声や表情を生み出す仕組みが詰まっているのだろう。
最初の一週間、私はそれに触れないようにしていた。
郵便物を置くときも、茶碗を片づけるときも、テーブル拭きの布を滑らせるときも、その黒いフレームの手前で手の動きを止めた。
まるで、遺影の前を通るときに一瞬だけ足を緩めてしまうみたいに。
次回更新は7月16日(木)、11時の予定です。
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