由紀子さんの鋭い目が僕に向けられる。獰猛な動物が弱い獲物を狙うような目だ。
「僕は……、僕はそれでも、遥香さんに会えるまで諦めません。遥香さんが心の底から会いたくないと言うのであれば別ですが、皆さんにもまだお詫びが足りていないと思っています」
「遥香の身体は、あなたのせいで傷つけられたんです。それをわかっていますか?」
「わかっています。僕は遥香さんの身体を傷つけ、そのうえその代償も負わずに逃げてしまった。二つのことを謝りたいんです。許しはいりません。遥香さんや皆さんが恨みという感情をこの先抱かないように生きていってほしいと思っています。
僕が誠心誠意謝ることで、皆さんのこれからが明るくなるなら、ぜひそうしたいなと。もしそうできたなら、僕はとても嬉しいです」
「あなたはどうしてそこまでするんですか?」
由紀子さんの表情が少し変わったように見える。単に訊きたいことを訊いてみたというふうに見えた。
「遥香さんのことが、好きなんです」
由紀子さんの目が大きく見開かれ、その後ぱちぱちと瞬きをする。唇を噛んで見せるそれは、まるでなにかを言い淀んでいるような表情だ。
「ずっと……、ずっと逃げてきました。遥香さんにした自分の行動に蓋をして。怖かったんです。自分がどうなってしまうのか、それを考えたら怖くて。
でも、やっぱり僕は遥香さんが大好きです。この先もずっと一緒にいたいです。遥香さんと一緒にいたあの時間以上に楽しい瞬間は、この三年間、一度もありませんでした。サッカーを辞めて腐っていた僕に、前を向かせてくれた大切な人なんです」
気づけば、遥香の祖母は涙を流して、それをハンカチで拭っている。由紀子さんも目を閉じているが、下を向いていて、その表情は読み取れない。彼女はなにを思っているのだろう。僕もまさか遥香の母親に向けて、遥香への告白を口にするとは思っていなかった。
「すみません。つい、勢いで。もちろん本心なんですが―」
「私は正直―」由紀子さんは、僕の言葉を遮って入る。
「私は、あなたに会いたくありませんでした。でも、母がどうしても会いたいと言うから」
遥香の祖母は黙って何度も頷く。
「あなたは私の大事な一人娘を傷つけた人だから、あなたに会いたくなかった。それに、あなたに会わせないことが、遥香の願いでもあるから」
「遥香さんは、やっぱり僕に会いたくないんですね」
由紀子さんは肯定も否定もせずに、
「でも、でももういいかなと思って」と続けた。
「こんなに遥香のことを想ってくれるなら、三年経っても遥香のことを想って、こうやって何度も足を運んでくれるなら、遥香に会わせてもいいかなと思ったの」
遥香は会いたいとは言っていない。でも、家族は会わせてもいいと思った。それが僕がここに呼ばれた理由だ。僕の行動は、遥香に直接届いていなくても、家族には届いていたのだ。
遥香に会えないかもしれない。それはたしかに由紀子さんの言う、僕の想像を超える残酷な現実だ。僕は今日、遥香に会えると思ってここに来ているのだから。遥香に強く拒絶されれば、僕はもう二度とこの家に足を運ぶことはないし、一生遥香を傷つけ、逃げたことを後悔して生きていくことになる。
それでも、そうなっても致し方ないと思えるほどに、僕は自分の罪を認め、責めている。
「ありがとうございます」
「遥香のところに行こうか」
遥香の祖母が立ち上がる。由紀子さんも「そうね」と言い、立ち上がった。
「遥香さんが会いたくないというのなら、僕は廊下からでも構いません。声も聞きたくないというのなら、もう帰ります」
「それはないから平気」
遥香の祖母、由紀子さん、僕の順番に並び、一階のリビングの横にあるもう一つの部屋の前に移動する。
「二階じゃないんですね」
「遥香の部屋は二階にあるけど、今はこの部屋にいるの」
次回更新は7月14日(火)、11時の予定です。
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