【前回の記事を読む】「紹介したい人がいる」と帰ってきた息子。だが、彼の後ろには誰もいない……

息子にAIを彼女として紹介されたらどうしよ

第2章 彼女はここにいる

「……その」

先に口を開いたのは、息子のほうだった。

「お父さん、さ。ちょっと、これ、かけてみてくれる?」

彼はそう言って、鞄の中から小さなケースを取り出した。

眼鏡ケースより少し薄い、黒い箱。蓋を開けると、中からもう一つ、見慣れないフレームが現れる。

「予備?」

「うん。ゲスト用っていうか……共有用」

息子は当たり前のように言うが、私には「ゲスト」という言葉がひっかかる。

家の中のゲストは、今のところお前だけだろう、と言い返したくなるのを飲み込む。

「これ、かけてもらってもいい?」

「どうなるんだ」

「見えるようになる」

彼はそこで、一拍置いた。

「彼女が」

その言葉は、思ったよりも静かに落ちてきた。

派手な効果音も、ドラマのような間の取り方もない。ただ、あまりにも自然に口にされるものだから、かえって現実味がない。

「……そうか」

自分の口から出た返事が、驚くほどよそよそしい。

私はケースからフレームを取り出し、慎重に両手で持ち上げた。

軽い。見た目以上に、拍子抜けするほど軽い。

まるで、何も重さを持たない約束事を、手の中に掬い上げたみたいだ。

「ここに、センサー当たるようにして」

息子が身を乗り出し、こめかみの辺りを指で示す。

その距離の近さに、私は一瞬身じろぎした。

こんなふうに息子の顔が目の前に来るのは、いつ以来だろう。大学に入る前の、ネクタイの結び方を教えた朝以来かもしれない。

「じゃあ、いくよ」

フレームを耳にかける。