魔法の杖
ゲーテ「私も、まだ向う見ずで、無意識的衝動にかられ、前進しようと努めていたけれども、私は、正しいものをわきまえる感情、どこに金鉱があるかをしめしてくれる魔法の杖は持っていたのだよ。」(上一四九頁)
ゲーテが「魔法の杖」を持っていたのと同じように、紫式部もまた、ゲーテの杖に劣らない性能の「魔法の杖」を持っていた。
紫式部の杖は、貴族社会の腐敗や堕落、滑稽さや愚かしさに鋭敏に反応して、検知する機能を備えていたようだが、それにとどまらず、やがて貴族間で武力による争いが起き、貴族社会そのものが崩壊するに至るのではないかということまでも検知する機能があったようだ。紫式部は、この「魔法の杖」の機能を存分に活用して、『源氏物語』を書いた。
このような「魔法の杖」を持っている人のことを、「天才」と呼ぶのだろう。
作家の文体
ゲーテ「作家の文体というものは、その内面を忠実に表わす。明晰な文章を書こうと思うなら、その前に、彼の魂の中が明晰でなければだめだし、スケールの大きい文章を書こうとするなら、スケールの大きい性格を持たなければならない。」(上一六四頁)
『源氏物語』のスケールは、大きい。三世代五〇〇人を数える人々の人生が書き綴られているという、時間的・空間的なスケールの大きさだけではない。帝を中心とする貴族社会において、帝になることのできない人物が帝の位に即くという、発想のスケールの大きさに、驚かざるを得ない。
『源氏物語』の文体は、明晰である。物語を読んでいて、なぜそういうことが起きるのかという疑問が生じることがあるが、物語のどこかに必ず、その疑問に対する答えあるいは有力なヒントが書かれている。
例えば、八の宮(桐壺帝の第八皇子)はなぜ浮舟を自分の子だと認めなかったのか。八の宮が経済的に豊かでなく、大君(おおいぎみ)、中(なか)の君(きみ)に加えて、三人目の姫君を育てる自信がなかったからである。
なぜ八の宮は経済的に豊かでなかったのか。光源氏が明石(あかし)から都に復帰して権力を握った後、官職や待遇において、八の宮は冷遇されたからである。
なぜ八の宮は冷遇されたのか。後の冷泉帝(表向きは桐壺帝の第十皇子、実は光源氏と藤壺の間に生まれた不義の子)が東宮であったころ、弘徽殿大后(こきでんのおおきさき)が東宮廃立運動において八の宮を東宮にしようと企てたが、失敗に帰したため、以後、八の宮は冷遇されたのである。なぜ大后は東宮廃立運動を行ったのか、等々。
以上のように、『源氏物語』は、スケールが大きく、明晰な文章で書かれている。ゲーテの言葉に従って言えば、この物語を書いた紫式部という人は、その魂が明晰であり、スケールの大きい性格であったということになる。
『源氏物語』と『紫式部日記』とを丹念に読んで受けた印象は、まさにそのとおりであった。
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