【前回の記事を読む】久しぶりに会った友人が、サプライズでくれたクリスマスプレゼント。しかし私は、何も用意していなくて…

第一章 心が動いた時

15 〈歩〉だった私が〈と金〉になった時

今回は笑顔の大切さについて私が気づいたきっかけとなる、思い出のエピソードを書かせて頂こうと思います。

北海道札幌市の西側に西野という名の土地があります。手稲山が間近に見え、近くには美しい発寒川が流れるこの土地で幼い頃の私は育ちました。

山の自然の恩恵に包まれているようなその場所で過ごした子ども時代ですが、今振り返るとなかなかヘビーな環境でした(笑)。

当時3歳ずつ歳の離れた兄たちと私はよく家の裏手にあった森林で遊んでいました。後に小学校が建てられたその森林は、子どもにとって絶好の探検場所で、新しい遊びを思いついては毎日のように友だちを連れて遊ぶ兄たちの姿が幼い私には輝いて見えました。

しかしまだ幼かった私は兄たちにとって足手まといだったのでしょう。気がつけば私を置いて二人が遊びに行くこともしばしば。

私に自ら探検に行きたくないと思わせるためか、蝮(まむし)の脱け殻を発見しては兄はそれを私に見せて怖がらせてくれました(苦笑)。

森林の側に大きな栗の木がそびえ立ち、その木に登った兄の真似をして何とか必死に私も登るのですが、降りることができなくなり、兄にどうにか助けてもらいながら低い枝までやっと辿り着く。

しかし飛び降りた先で、お尻や足が木の下に落ちていたたくさんの栗いがに命中して泣くこともありました。

雪の積もる冬には森を探検しながら子どもが両手で抱きしめられるほどの大きな雪玉を作り、それを小さな細い川に転がして橋代わりに向こうへ渡ります。

兄はひょいひょいと身軽に渡りながら私にお手本を見せるのですが、怖くて渡れずにいた私がようやく渡る決心をしてトライした瞬間、既に何度も踏まれた雪玉は半分にくずれ、見事に川に落ち、また泣く私。

そんなことがある度に私は両親に泣きながら自分がとても怖い体験をしたことを話していました。すると兄はこっぴどく父に叱られます。

当然ながら次第に兄たちが私を探検に連れて行くことは減ってしまいました。

毎日楽しそうに探検へ向かう兄たちと一緒に行きたかった私は怖い思いをして泣きたくなる時にも我慢をし、笑ってみせるようになりました。

怪我をしても笑って強がっていた兄たちを間近で見ていたことも、そうするようになった理由かもしれません。