「野上さんですね?」

「あ、はい!」

「連絡が遅くなってしまって、すみません。あの後、夫や母とも話しまして、あなたを呼ぼうということになりました」

「え……、本当ですか?」

怒りの含まれていない声、これまで話した中でも、一番冷静な彼女の声だ。

「はい、ただし条件があります」

「条件……というのは」

すーっという、彼女の息を吸う声が聞こえる。大事なことを言う人の行動だ。

「あなたが想像している以上に残酷かもしれません。それでもいいなら、来てください」

迷う余地などなかった。僕は僕のプライドと信念と願望に応えるだけだ。

「もちろん伺います。遥香さんに嫌われてもいい。相応の覚悟はできています」

「では日程ですが―」

矢継ぎ早に用件だけ言いにかけてきたような電話だったが、僕は心の底から暖かいものが流れるような感覚になった。遥香は僕を嫌いかもしれない。死んでほしいと願っているかもしれない。顔を見るなり、罵られ、殴られ、拒絶されるかもしれない。それでもいい。遥香が僕に会ってもいいと思ってくれたのだ。こんなに嬉しいことはない。

すぐに明里さんに連絡を入れた。電話越しで彼女は、「やったやった!」と何度も口にし、自分事のように喜んでくれた。外の音から飛び跳ねているのだとわかる。この三年、僕のためにここまで喜んでくれた人はいなかった。彼女には救われてばかりだ。

由紀子さんと約束をした日は、連絡を受けた二日後だった。遥香に会うためにジャケットに袖を通す。正装とまではいかなくても、多少気を遣った服装の方がいいだろう。

明里さんは来なかった。声はかけたが、確実に会えるのなら、私はいない方がいいと言い張った。彼女にしては珍しいことだったが、その分気合が入った。