【前回記事を読む】養父が山盛りにした灰皿を交換するのが僕たちの役割だ。絨毯に落ちた灰は、床に這って指で拾い集める。掃除機はうるさいから…
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だから今、こうして『引き取ってくれたご主人様だから』と、北沢になにも言わないでいるのは、そうとう自分自身を押し殺し、我慢しているのだ。
自分の感情に反し、藍に同情しながらも、そうしなければならない。飛鳥の、心の負担は日に日に大きくなった。
かといって、一番かわいそうなのは藍なのだから、藍が助けを求めていないのなら、やみくもに飛鳥が突っ走るわけにもいかない。飛鳥が爆発して北沢に抗議したことによって、北沢の怒りの矛先が自分に向く分にはかまわないが、藍のおかれている状況が更に悪くならないとも限らない。
北沢が、藍をいたぶって楽しんでいるのは、北沢家に来て日の浅い飛鳥にも、充分にわかるほどなのだから。
藍が、ようやく新しい灰皿をローテーブルの上に置こうとしたその時だった。
「あっ!」
苦痛にゆがんだ表情を浮かべながら、藍が小さな悲鳴を上げた。
その声に驚いた飛鳥が振り向くと、灰皿を置こうとしていた藍の手のひらに、北沢が火のついた煙草を押しつけていたのだった。
「藍!」
いつもは、余計なことをくちばしらないよう、北沢が嫌がらせでなにをしようが決して口を開かなかったが、このときばかりは飛鳥も声を上げた。
藍は痛みのあまり手を放してしまい、灰皿がガシャンとガラス製のローテーブルにぶつかり、ガラスにヒビが入ってしまったのではないかと思うくらい、激しい音をたてた。
「ちんたらしやがって。さっさとよこせ」