母は毎日、整骨院に通っていた。十年以上の皆勤賞もの。腰を痛めたものと思い、整骨院に母に肩を貸して連れて行き診察を受けた。

骨の模型で症状の説明を受けたがよくわからなかった。だが、翌朝には前日より症状は悪化していた。右足の機能が完全に麻痺していた。嫌な予感がした。ひょっとして右手も?

「お母さん、字を書いて!」

母にボールペンを持たせて名前を書かせた。習字を習っていた達筆な母の筆跡はミミズが這ったようなものになっていた。

原因は腰ではない。脳だ! えらいこっちゃ。ここで初めて「大変なことになっている」と自覚した。

公立の医療センターでCT診断と点滴を受けて翌日入院を告げられ帰宅。

点滴の効果は目を見張るものがあった。テーブルに両手をついて立位をとれたのだ。右足で踏ん張ることができた。

そして、翌日からの一ヶ月の入院治療が開始された。血栓を溶かす効果のある点滴を約一週間、その後に午前中に一時間のリハビリをする、と言う。

母は一人でトイレにすら行けない己の姿にショックだったのだろう。私の手を固く握りしめて小さな「しじみ」のような瞳は私の心の底を覗き見ているように感じられた。

「私を捨てないで!」

と訴えているようにも見えた。

今まで、毎朝九時から往復三キロの早足の散歩と整骨院通いが日課であった母。健康には人一倍気をつけていたはずだった。

「誰の世話にもならない」これが口癖だった。

仲の良くなかった喘息持ちの姑の世話をしていた経験で、下の世話を他人にしてもらうつらさを知っているからだろう。

だからこそ母にとっての精神的ショックは私の想像を超えるものだったろう。入院直後からの私の課題はこの精神的ショックから回復させることであった。

次回更新は7月1日(水)、20時の予定です。

 

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