【前回の記事を読む】「お父さんを探してる」寝たきり同然だった母が外出着でマンション前の歩道に立っていた。父は10年以上前に死んでいるのに……
第4章 認知症 母が変わり始めた日
最初のサインを見逃さない
どちらが効果あったのかわからないが、その翌日から母は再起したのだ。食欲が戻り買い物も自ら「行こう」と私に催促する。そのあまりの急激な変化にこちらがビックリ。「死相」は完全に消失している。不思議なものだ。
母は常に家族のために生きてきた。尽くすべき人が居てはじめて母の人生が成り立っていたのだ。肩の骨折以降の気力の衰えに伴って体力も落ちてきた。「もうダメだ」と諦めかけていたのかもしれない。生きる意味を失いかけたのかもしれない。
でもまだ、生きている意味が、生きる必要性があったのだ、と思い起こしたのでは、と推測している。
しかし、復活が「徘徊」を伴ってやってくるとは予想だにしなかった。
母の認知症が私の生活を脅かし始めた
マンション前で母を発見した「事件」から、その一ヶ月後、夜中の二時に上半身裸のパンツ姿で手押し車を押して私の寝室にやって来た。
「どこに行くの?」
「風呂沸いているやろ?」
その翌日のまたしても深夜二時、上下とも外出用に着替え、手押し車を押しつつ私の寝室に入ってきた。
「どうしたの?」
「あんた、学校に行くんやろ?」
そして昼食時に
「おばあちゃん、ご飯食べたかな?」
祖母の写真を見せると四十五年前に亡くなった「おばあちゃん」に間違いないようだ。
断続的であれ意識世界が私の子供時代に戻ってしまっている。
大腿部頸部骨折や圧迫骨折による夜中のトイレ介助は一週間程度のちょっとした我慢で終了するものだとわかった。一時的なものでその後は私は自室で安眠を得ることができた。しかし、この三日間の母の急変には危機感を持たざるを得なかった。