原因は何なの? 思い当たることは二つ。

母は何十年も整骨院通いを習慣にしていた。しかし、背骨の圧迫骨折の痛みで通院はできず、整骨院から整体師が派遣される「訪問リハビリテーション」に切り替えた。これを通院に変更しよう。なじみの職員やなじみの患者さんたちとの会話もでき、通い親しんだ市場での買い物も意味があろう。

もう一つは、しばらくサボっていた就寝前の「足裏マッサージ」を再開しよう。これで昼夜の逆転生活が改善できるかもと思い即実行した。

効果はすぐ現れた。朝食後の薬を正確に薬ケースから出していたのだ。普段は何を選べばいいのかわからなくなって私に助けを求めるのに。

だが、夜、寝る前、

「あんたのお母さんちっとも来はれへんなー」

「えっ!」

「あなたと私はどういう関係?」

「おかあちゃんやな、あっはっはっはっ。おかしいなー」

「おとうさん、帰ってこないね」

「おとうさんって誰?」「名前はなんていうの?」

「なんでいちいちそんなことを聞くの!」

母の怒りが爆発した。

私が「その人の名前は?」と必ず聞くようにしたからだ。脳梗塞になって以来私に怒りの感情を持ったことがなかった母が怒った。それに戸惑うとともに声の大きさに、生きる力を感じたのだった。復活した、しかし認知症を伴って。複雑な思いが胸の中を駆け巡る。

質問調はだめなんだ。じゃあ、写真を使った確認調でいこう。それ以来我が家に家族はもとより親戚の人の写真をトイレ、リビング、母の寝室に貼り巡らした。認知症を直そうと必死だった。

それ以来「あの人」「おじさん」「おばさん」「おとうさん」「おじいさん」と母が言うたびに写真を見せて「この人?」と聞くスタイルになった。会話はそれで成立するので母も苛立たない。

だが、父の写真を見せても

「これは私のお父さん」「おじいさんやがな」

と言う。確かに同じ父の写真でも写り具合から別人に見えなくもないが。母と私が一緒の写真を撮りパソコンで「ヒコちゃん」「おかあさん」と文字を入れて大きく引き伸ばしたのをリビングの壁に貼っている。だが、写真の「ヒコちゃん」と現実の私が一致しないのだ。確かに写真をよく見れば「別人」と言えば言えなくもない。

私を「ヒコちゃん」と認識している時に母が言う。

「みんなが『おれがヒコちゃんや』と言うんやで」

我が家は二人家族のはずだが母の世界では、「ヒコちゃん」は一人ではない。「おれがヒコちゃんや」と名乗る男が何人も現れ、皆が母の世話をしている。母はめちゃくちゃに幸せな人生を生きている。

次回更新は8月12日(水)、20時の予定です。

 

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