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1 南奥戸小学校
夏休みに入るとほとんどひと気のない学校は機関誌など印刷し放題の組合活動の天下だった。
一計を案じた相川は輪転機の安全ヒューズをひそかに抜き取り故障を装って、業者も休みで連絡がつかないのでなかなか修理できないと引き延ばし、とうとう夏休み明けまで輪転機を使わせなかった。
夏休みが終わり二学期が始まると毎週水曜日の午後に行われる職員会議が苦痛だった。
職員会議とは本来、校長の職務の円滑な執行に資する会議であり、意思決定の場でも教員の意見交換の場でもないのだが、2000年の法改正までは、挙手や投票などで教育課題を採決している学校が多かった。
共産党を中心とする日教組の活動方針は、そのあいまいな状況を利用して職員会議を牛耳り、彼らの思想を広める場とすることだった。
学校事務職は職員会議のメンバーではあるが、ほとんどオブザーバー的存在で発言の機会も少なかったが出席しないわけにはいかなかった。会議のテーマは毎回異なっていたが、常に子供のためを第一に掲げながら校長の管理教育に対する批判を次々に発言する展開に終始していた。
主目的は学校経営のイニシアチブを教員組合で握ろうとする意図にあることは明白だった。わずかな数の組合未加入者いわゆる非組と事務職員は2時間余りを押し黙って耐えるしかなかった。