【前回の記事を読む】友達すらいたことがない私。ある日、トラブルをきっかけに「夜、望遠鏡を覗きに来ない?」と、男性からお誘いを受けて……

ホームランとフォーマルハウト

「あなたたち、ご親戚の方?」

空き地に足を踏み入れると、ふいに声をかけられた。五十代と思しき女性で、張りのある肥満顔が夕焼け空に照らされて熟れた桃のようだ。

花柄の小さなエプロンにすっぴんの顔、手には回覧板らしきものがあるから、町内会の用事でちょっと外出、といったところだろう。

足を止めたわたしの陰に、子供たちが隠れる。

もうこれ以上知らない人とは喋りたくない。隠れたいのはこっちだ、と内心毒づきながらも表情を整えて答えた。

「違いますけど」

「やっぱり。建築関係でもないわよね。いえね、こちらにお客さんが来られるのは珍しいから。水口さんは元気にしてらした?」

質問の意図が掴めないから返答に困る。第一、老人とは初対面なのだ。あの様子が元気かどうかなんて判断のしようがない。

こちらが黙っていると、おばさんはさらに聞いてくる。あの老人のいったい何が気になると言うのだろうか。

「署名運動からこっち、すっかり寄り合いにも来なくなってね。町内会もやめちゃったし。ほら、独り暮らしでしょ、何かあってからじゃ遅いじゃない?」

また意味のわからない言葉が出てきた。独居老人を気遣っているだけなのか、それとも他人のプライバシーに興味があるのか。

「署名っていうと、どんな?」

おばさんは、魚が食いついてウキが引いた時の、釣り人のような笑顔になった。またしてもわたしは、引き際のタイミングを失したようだ。

「この空き地よ」

顎で示された先に目をやる。ついさっきまでベースだった段ボールの欠片が、西風に吹かれてひらひらと地面を走っている。

力強かった夕焼け空は色味を落として、とって代わった薄明の空が、地表面の凹凸を暗く見にくいものに変えていた。

「ここにね、建つの、マンションが」

「え?」