田苗は、その一節を読み始めた。
「昭和十六年、太平洋戦争開戦の年、東條内閣は国防力強化のために“農産物の作付けの制限”を全国一切に命じた。その翌年十七年二月、内閣は食糧の生産から流通、消費までを政府が一括管理する“食糧管理法”を制定。国民の食糧はさらに厳密に政府の管理下に置かれた……
で、こちらがM村の郷土史料です。ここM郡でも名産の西瓜の栽培を“贅沢品種”として全面禁止とし、その代用品として、米、麦、甘薯、馬鈴薯のみ栽培が許された、と」
「なるほど……」
一文を、ゆっくりと目で追ったクロカリは、ため息混じりに頷いた。
「で、わたくし、念には念を、と思いましてね。新浜地区の特別養護老人施設『永寿ホーム』を訪ねたんです……そして、当時を知る爺さま婆さま連中に、聞き込み調査を……すると、そこのジジ、ババも口を揃えて言うのです。
戦時中に贅沢品の西瓜を食べるなんて千にひとつもあり得ない。まして官吏の灯台守が国策に背いて西瓜を栽培するなんて冗談にもほどがあるってね」
「なるほどですね。これで謎の一端が分かりました」
クロカリは、貸し出された資料をザックに入れると、田苗に礼を言い、残った麦茶を喉に流し込むと、応接室を後にした。
すると田苗は、エントランスにさしかかった時、下駄箱脇のブックスタンドから『ふるさと歴史・みうらシリーズ』という縦長のリーフレットを抜き取って、それをクロカリに渡した。
「あっ、これもお持ちになりませんか。実は、これ、わたくしが書いたものでして……えへへ、わりと自信作でして」
田苗は、少し照れ顔で頭をかくと、輪ゴムで束ねてあったポスターを広げて言った。
「それと……あつかましいようですが、これも、学校で貼っていただけないでしょうか……」
それは、江戸時代にこの地で大名をつとめた、三浦按針のポスターだった。
「へえ、“あんじんスタンプラリー”ですか! 本名、ウイリアム・アダムス。航海士にしてサムライの称号を最初に受けた外国人……大名にして江戸幕府の外交顧問……何たって、我らが三浦のヒーロですからね、もちろん、貼らせてもらいます……と、いうか、それより、そのイベント、僕も参加したいな……」
「ぜ、ぜひ! わ、わたくし、だ、大歓迎ですよ! バッチグーです」
田苗は、うれしそうに小躍りしながら、今度は両手の拳をクロカリに突き出した。
「せい、清家さん……何だか、私たち、気が合いそうですね」
クロカリは少し戸惑いながら、満面の笑みを浮かべる田苗に諸手の拳を突き出した。