糀屋三左衛門

日本史の教科書にでも出てきそうな名前だが、聞いたことのない名だろう。

もちろん、これが株式会社糀屋三左衛門という、れっきとした社名であることは、取引のある者しか知らなくて当然だ。

酒造りにおいて、仕込み水も原料米も重要であるし、発酵のもととなる酵母も酒質の鍵を握っている。が、昔から「一麹(こうじ)、二酛(もと)、三造り」といわれるように、酒造りの工程のなかで、麹造りがかなり重要な要となる。

麹は蒸し米に種麹(たねこうじ)を撒き、真冬でも三十度近い麹室(こうじむろ)で一昼夜おいて麹菌が米の表面を覆いつくすのを待つ。

この種麹は別名「もやし」とも呼ばれ、清酒造りのみに用いられる。酒造りには、アスペルギルス・オリゼーという黄麹菌が昔から使われているが、その良質の種麹を作っているのが、創業は室町時代に遡るという糀屋三左衛門だ。

「糀屋三左衛門に電話して、もやし送ってもらえ」

酒造りが始まると、独特の言葉が蔵人(くらびと)たちの間で交わされる。職人の世界では、それが工事現場であれ、作業部屋であれ、独特の言い回しや業界用語、隠語などが飛び交って素人には理解できない。

試桶(ため)や壷代(つぼだい)といった道具の名前から、暖気(だき)を入れるだの、尺を採れといった作業指示まで、酒造りの歴史とともに生まれた言葉が、蔵内に活気を呼び起こす。寒造りの始まりだ。

(二〇〇六・十一)