間下が立てた初老の男を騙す計画は道理が通っていた。
黒川が久美子に熱を上げているからといって、久美子が突然、子供ができたと言い出せば警戒するに違いない。黒川本人がそう思わなくても、周りの人間が怪しむのは目に見えている。
黒川や彼の家族に久美子をはらませたと思い込ませるにはどうすればいいのか。たとえ思い込まなくても、女性問題のトラブルを回避したい気持ちを抱かせることができれば、何らかの償いをすることで穏便に事を収めようとするだろう。社会的な立場のある人たちゆえに、こんな無様なことが表沙汰になれば世間に恥をさらしてしまうと心配するからだ。
つけ入るのはそう思わせたときだ。お腹の子供は一人で育てる。ついては慰謝料と養育費を事前にいただきたいと話を進めていく。後はどれくらいのお金を用立ててくれるかだ。つまり、どれくらいのお金をむしり取れるかは交渉の腕次第で変わる。
そんな芸当が久美子一人にできるはずがない。だからこそ、あらかじめ決めた筋書きに従い、三人が力を合わせて一芝居を打つのだ。
この猿芝居を成り立たせるには久美子が妊娠したことの証明が必須の要件となる。それには人とモノの両方で入念な準備が必要だ。
久美子が一人で妊娠した事実を告げれば、真偽を調べられるのは確実だ。信憑性を高めるために、久美子の代理人となる偽の弁護士を立てる。交渉事はこの弁護士が当たる。久美子の親族も登場し、責任を追及すれば下手な芝居でも現実味を増すだろう。
モノとして欠かせないのが妊娠した証拠を示す診断書だ。間下はすでに他人の診断書を用意しており、改ざんを終えていた。これであの初老の男から、慰謝料と養育費を合わせ一億円近くは分捕りたい。
では、偽の弁護士役と兄貴役は誰が演じるのか。兄貴役は本物がいる。弁護士役は三人のうちの残り一人が務めるしかない。
「俺は法律なんて知らない。弁護士役なんか、できるわけがないだろう」
結城は口調を強めた。
「相手との受け答えに詰まったら、私がサポートしますから」
間下は自信ありげだった。
「おまえ、法律を学んだことがあるのか」
「金関係の裏稼業をするには法律に引っかかる行為が何なのか、引っかからない行為が何なのか、引っかかっているけれども引っかからないようにする行為は何なのか、いずれの知識もきちんと身につけておく必要があるのです」
「へえ、とことん悪い奴は法律さえも悪用するってわけだ」
「またあ。人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。仕事上、やむにやまれず覚えたのです」
「だったら、おまえが弁護士役をやれよ」
「私が弁護士役を演じてしまったら、二人とも嘘の演技をしないといけなくなります。嘘をつくのは一人にとどめておいた方がボロが出にくくなると思いませんか」
「うーん」
「どうですか」
「どうでもいいやあ」
「そうと決まったら、相手と受け答えをする練習をしませんか。二週間後には決行したいので」
「またリハーサルするのかよ」
久美子は結城が言った言葉に反応し、くすりと笑った。
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