【前回の記事を読む】妻に先立たれたせいか、70歳を過ぎても若い女性に夢中だった。創業した会社の経営も息子に譲り……

灰色の風が吹く

「わかったよ。じゃあ、老人をどうやって騙すんだ」

「久美子の体を餌に金を引き出すのです」

「美人局をするというのか。肉体関係を結んでしまったら、もっと深みにはまるぞ。妹さんがかわいそうじゃないか。

それに、いくら若い女に入れ上げている老人といっても、一代である程度の規模の会社を築いた経営者だ。たやすく脅しに屈するとは思えない。こちらの面は割れているだろうし、警察にでも通報されたら、顔を隠して生活しなきゃならなくなる」

「騙されていることを相手に悟らせないように騙せばいいんです。簡単なことですよ」

「簡単なこと?」

「久美子が妊娠したことにするのです」

「だから、肉体関係を持つのはやめろと言っただろう」

「すでに一度だけあったそうです。そうだろう、久美子」

間下の呼びかけに、久美子は顔をこわばらせ、立ち止まった。ちょうど、お盆にコーヒーカップを三つ載せ、運んでくるところだった。

「どういうことだ。老人との肉体関係はなかったんじゃないのか」

結城は久美子をにらみつけて言った。

「ごめんなさい」 

久美子は目線を落とし、か細い声を出した。

「お気持ちはわかりますが、そんなに熱くならないでくださいよ。生きていれば仕方なかったことだって、多々あるでしょう。あなたと寝た理由は聞いていませんけど」

間下は結城の顔を見据えて言った。

結城は間下の方に向き直った。兄貴は下賤な奴だと、初めて会ったときからわかっていた。だが、妹の久美子は違う。澄んだ心を持っている。だが、何か重い荷物を抱えているようだ。自分の力で荷物を降ろしてやりたい。初老の男と関係を持ったのは自分と出会う前のことだ。

「わかったよ」

結城はぽつりと言った。

「赦してもらえたみたいだから、久美子も座れよ」

間下は指示した。

久美子はテーブルの上にコーヒーカップを置くと、結城の顔をじっと見つめた。結城も見返した。このとき、結城は見えない糸で久美子と結ばれているような錯覚に陥った。久美子は少し微笑んだ。