私が、「家に関する面倒なことは、すべて私の代で終わらせよう」と思うようになったのは、それからです。

古くからのしきたりやルール、「~でなければならない」といった価値観にがんじがらめになり、周りの目を過剰に気にし、我慢してストレスをためるのは、もう終わりにしよう。

私自身、今後は、今の自分に必要のない「伝統」などに縛られずに生きたいし、娘や孫には、私と同じ思いをさせたくない。

そう考えたのです。ですから、父が施設に入ってからは、家の中にあった祖母のものや母のものをすべて処分しました。

母は神棚や仏壇、お墓をとても大事にしていたため、私も以前は信心深くお墓をきれいにしていたのですが、今は神棚や仏壇も閉じ、いずれは墓じまいをしたいと思っています。 

「いい人でいたい」という思いを手放す

「トラウマ返し」をし、「いい子をやめる」ことを宣言する

私たちはどうしても「いい人でいたい」「いい人に見られたい」という気持ちを抱きがちです。

「いい人である」ことも、この社会ではプラスの評価につながるからです。

しかし、我慢と同様、それもまやかしだと私は思っています。

人々が、自主的に社会が求めるような「いい人」でいようとしてくれることが、「管理する人」にとっては、やはり都合がいいのです。もちろん、わざと人に迷惑をかけたり、「悪い人」になったりする必要はありませんが、「いい人でいたい」という気持ちも、しばしば人が幸せに生きるうえで妨げとなります。

 

これまでお話ししてきたように、幼い頃から、私は母の人形でした。

また、世間体を気にする母の姿を目の当たりにし、常に「母に叱られないために、あるいは愛され褒められるために、いい子でいなければいけない」と思っていたことで、私はどんどん私ではなくなっていきました。

私の心の中には「いい人でいたい」「いい人だと思われたい」という強固な価値観が育まれ、それに長い間とらわれていました。