【前回記事を読む】育った施設では毎日、幼い子どもの泣き声が響いていた…15歳になったある日、僕は黒いスーツを着せられ、車に乗せられ…

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飛鳥が緊張しながら挨拶を返すと、藍は短い挨拶とともに、淡々とした仕草で飛鳥を屋敷内に招き入れた。

「ご主人様にご挨拶するからついてきて」

「えっ、このまま?」

「うん、そう。そのままでいいよ」

洋館だからなのか。靴を脱ぐスペースはなく、戸惑いながらも飛鳥は土足のまま屋敷に上がった。

黒い髪と瞳を持つ純日本人の飛鳥とは違い、藍の容姿は栗(くり)色の髪に白い肌。中性的な顔立は彫りが深く、瞳も青かった。ハーフなのかな?と思いながら、飛鳥は藍の後をついて歩いた。

玄関からまっすぐの位置には、四階まで続く大きな階段があった。赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれたその階段を二階まで上がると、藍は、一直線に二階のフロアへと向かった。

「いくつもの部屋があるけど、ほとんど使われていない。ご主人様はいつもこの部屋で休まれているから覚えておいて」

藍はそう説明すると、扉の前に立って深呼吸をした。そして、コンコンッと、扉を二回ノックした。

「藍です。藤堂飛鳥くんを連れてまいりました」

「入れ」

部屋の中からは、男性の少しかすれた低い声が聞こえた。「行くよ」藍は小さな声で飛鳥にだけ聞こえるようにささやくと、両手で取っ手を掴(つか)み、そっと扉を開いた。

「失礼します」

「……し、失礼しますっ」

藍を見習って飛鳥も入室の挨拶をする。ガチガチに緊張しているのが声にも出てしまっていた。

部屋の中はとても広かった。学園にいた頃は、二段ベッドが二つ置かれた四人部屋が飛鳥の部屋だった。一番広い部屋といえば、百人近い子どもたち全員が座れる食堂。北沢の部屋は、その食堂と同じくらいの広さだった。

だが、晴れた日の朝食時には朝日が、昼食時には明るい日の光が、夕食時に夕日が差し込んだ食堂とは違い、この部屋には広さゆえの開放感というものがまったく感じられなかった。

窓という窓全部に分厚いカーテンが掛かっていて薄暗く、どんよりとした息苦しささえも感じた。それに換気もしていないのか、ヘビースモーカーだからなのか、紫煙が目に見えるほど宙を舞い、飛鳥は目がしばしばして、うっすらと涙が瞳を濡らした。スーツの袖で涙をこすり、どうにかこらえる。