【前回記事を読む】生存する権利・生きる自由などの、誰かの権利を強制的に奪う(隷従させる)ことは差別に当たる。つまり…

第2章 差別されない権利を根本規範に置いた憲法再読

憲法の捉え直し

■十一条、十二条(権利の永久性と不断の努力の原理:基本原理)

――以下同様に、各条文番号の後に括弧書きで、木村・憲法にほぼ従ってタイトルと権利種別を記入している。また、憲法第三章国民の権利及び義務は、十条から四十条までだが、最初の十条「日本国民たる要件は、法律でこれを定める。」を含め、権利または義務を規定していない条項は原則スキップする。

十一条は「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」と、誰もが将来にわたって基本的人権を保障されることを規定している。

では、ここに言う基本的人権は何を指すのか。それを理解するためのヒントは十二条にあると思われる。

十二条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」としていて、基本的人権という言葉は出てこない。

となると、憲法は、基本的人権以外の権利も保障していて、その権利について十二条は規定していることになる。しかも、その権利は濫用してはならず公共の福祉のために利用する責任がある、つまり、制限がかかることがありうる権利ということだから、十二条のカバーする権利は、切り札としての権利は含まない。

逆に、基本的人権は切り札としての権利を含むと解釈するのが妥当だろう。

■十三条(包括的基本権)、前段(個人の尊重の原理:基本原理)、後段(生きる自由:防御権)

前段「すべて国民は、個人として尊重される。」は、第1章で見たように、差別されない権利を含む切り札としての権利の存在を一般的に宣言した原則的条文と捉える。

一方、後段の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」は、切り札としての権利以外の、公共の福祉の観点で制限がかかる可能性のある権利について規定していることになる。その中には、差別されない権利を侵害するものも、しないものもあるだろう。

明らかに問題なのは、生命(生きる自由)が、公共の福祉(社会全体の利益:公益)により制限を受けることがあるとしていること。この点については、十八条、二十五条、三十一条で、差別されない権利の観点で何が問題なのかを具体的に詳しく見ていく。

なお、十三条は、憲法が保障すべき権利を(憲法条文に明示されていないものも含め)包括的に規定していて、その中には、切り札としての権利も、公共の福祉の観点で制限がかかるものも含まれると解すべきで(長谷部・憲法(150頁))、

例えば、プライバシー権、知る権利、性同一性に適合する取扱いを求める権利、医療における自己決定権、一般的行為の自由などを保障していると考えられ、新しい人権と呼ばれる(木村・憲法(203から212頁))。