【前回記事を読む】一人息子が連れてきた理想の嫁。だが翌日、オーバーコートで家を出る二人……「今度はいつ?」「未定です」

二 忍び寄る大戦の足音

そんな折、俊介より突然便りが届いたのである。夫婦は一瞬複雑な気持に襲われた。

「俊介もいよいよ出征か…」と早合点に走ってしまったのだ。口唇は乾き、互いに言葉を交わす落着きを失って共に震える心を抑えて、おそるおそる封書を開いた。

読み始めるや、硬ばっていた二人の表情は俄かに笑みに変り、夫婦は小踊りして喜びを表した。内容はこうであった。

「此の度、伸子出産を迎えるにあたって(十月一日予定)八月末日をもって退職する事といたしました。出産は横須賀市内の病院にて。産後の養生を小田原浜町の実家でとった後、仙石原にて仕事の手伝いをしながら育児に励みたいと、本人が希望していますので、宜しくお願いいたします」との内容であった。

「神武天皇より二千六百年。記念の年に誕生とは…。運を背負った強い子だから…。きっと男の子に違いないさ」

又二郎は勝手に想像を馳せた。由紀はどちらでも初孫が内孫で自分の目の届く所で、育ってくれるという事の喜びの方が大きかった。

夫婦は初孫の誕生への期待に心が奪われ、互いに秘かに指折り数えて、蒸れた夏の暑さも厳しい残暑もものともせず、快調に仙石の一夏を乗り切ったのである。

〝待ち焦がれていた第一子誕生〟の吉報を受けたのは十月一日。それからおよそ一ヶ月後の昼過ぎの事であった。哲と命名された初孫が、仙石原の又二郎夫婦の前に御目見得にやって来た。

何はともあれ、清右衛門夫婦、又二郎夫婦、俊介夫婦の三世代が祝う〝哲〟誕生の祝宴が催された。

軍服、軍装から身を解き、哲を抱いている俊介の表情は、何処の家庭にもあった笑顔の絶えない若き父親そのものであった。それは心の底から大笑いをした少年時代の一時期に見せた、快活な表情の再現であった。