【前回記事を読む】日中戦争が勃発して1年半。海軍教官として務めていた息子が帰ってきたが…
二 忍び寄る大戦の足音
昼食をとりながらの団欒。俊介は彼女の紹介を始めた。
「彼女の名は国末伸子。僕の小田中の同期であり、海軍兵学校も同期である国末少尉の妹君です。僕より一つ年下の二十三才で、現在横須賀基地近くの海軍関連の医療施設に看護婦として勤務しております。
本来であれば、手順を踏んで結婚式を挙げたい所であります。しかし御承知のように、我が国の置かれた現状、大陸の戦局、国際情勢の緊迫、全てが予断を許さない中、職務上悠長にもしておられません。
従いまして両家への正式な手続きは、後日の佳き日にと考えました。この際両家の形式にとらわれる事なく、皆様の了解を得、結婚への運びをしたいと披露の機会といたしました。国末家には昨日参上いたしまして、挨拶を済ませ今日午前中は、箱根神社に御参りをして、こちらに参りました。宜しくお願いします」
立ち上った二人は深々と礼をした。
又二郎夫婦、清右衛門夫婦は勿論の事、大きな拍手でこれに応じたのだった。
口数の少なかった俊介が、自分の思いを淀みなく述べる晴れがましい立位の姿。由紀はおもわず目を見張り、しばし見入ってしまった。そして何よりもしっかり者に違いない伴侶を確保してくれた事は、たとえようもなく嬉しかった。
コートを脱いだ彼女は、ふくよかな娘子というよりもやや細身のすらりとした体躯。機敏な動きに日々明け暮れているのであろう、背筋を伸ばしてきちっと正座した姿付きは、洗練されて粋な様であった。そして何といっても何かを発信しているような、その目差しが美しかった。
団欒の合い間、又二郎は何気なく俊介に問うてみた。
「日中戦争が始まって早二年。最初の上海事変、次の徐州作戦で敵を痛打。先年十月下旬の新聞の大見出しでは、大本営陸海軍部『武漢、三鎮を完全に攻略せり』と発表…。世は戦勝気分に満ち溢れた。ところがだ…。数日経った別の新聞では『前途尚遠し』と発表していた。
実際の所は難渋、苦戦が続いているに違いないと冷めてしまったが、海軍から見た陸軍の闘いと今度の見通しはどうなんだね?」