【前回の記事を読む】3歳の娘を亡くしてから、私は普通でいられなかった――そんな時、夫が突然拘束され……

敵(かたき)

前編

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九月に入った。道場での稽古も一段と熱を帯びてきた。白河侯が将軍補佐になった年である。

その年から年一回江戸城で「武芸上覧(じょうらん)」の場が設けられ、江戸府内の道場ばかりでなく全国から武芸者が集い首座を争うことになった。勝ち抜けば将軍の御前で模範試合ができるという。

時代は大坂夏の陣以来百七十余年が経ち武芸よりも経世実学(けいせいじつがく)を重んじる気風があったが、白河侯は士風の衰えを危惧し、これによって精神的なてこ入れを図ったといわれている。

又兵衛の道場からも代表一人が選ばれ、参加できることになっていた。

又兵衛の剣術への意力に再び火がついた。御前試合への憧れもあったが、その場を使い出奔中の叔父八右衛門の消息の手がかりが得られるのではと考えたのだ。

そして当面の好敵手はやはり清十郎だった。今の清十郎を相手にしたとき、面打ちだけだと身の丈で劣る又兵衛に勝ち目は薄かった。

さらに小手(こて)打ちを磨こうと又兵衛は考えた。身の丈では劣るが、足腰に一段の粘りのある又兵衛に有利な戦法だった。