代表を決める決勝の日。又兵衛の目の前に立ったのは、予想に反して山本半次郎(やまもとはんじろう)という古参(こさん)の使い手だった。
一つ前の試合で清十郎を破っていた。又兵衛よりも十歳上で、又兵衛が少年のころよく稽古をつけてくれた大先輩だった。
「試合とはわからぬものだ」又兵衛はあらためて試合には虚心で臨もうと心に決めた。
師範代の「始め!」の一声で二人は立った。共に正眼(せいがん)に構える。
すぐに両者はぶつかった。互いに面を打つが間合いが外れ決まらない。
「うお!」「いえぃ!」と押し合いも気合もともに引けを取らない。
そんな中、又兵衛は対手の気迫に押され思わず一歩引いてしまった。その虚に乗じ対手が大きく踏み込んで突きを入れてきた。
「やられた!」と又兵衛は思った。師範代の白旗が一瞬挙がりかけたがすぐに戻った。踏み込みが半歩足りなかったか。再びにらみ合いが始まり膠着(こうちゃく)状態に入るかに見えた。
その刹那(せつな)、又兵衛が前に踏み込んで小手を打った。
それを対手は巧みにかわしたが、気がついた時には又兵衛の面が打ち込まれていた。
「一本! やめぃ!」の声と共に、師範代の赤旗がまっすぐに挙がった。
「勝った!」と又兵衛は思った。後を追うかのように歓声が付いてきた。
二人が互いに目礼し席に戻ると、まず清十郎が駆け寄ってきて、「やったな!」と又兵衛の肩を抱いて喜んでくれた。
その後師範代がやって来て、「いいものを見せてもらった。江戸城でも今日のような試合を見せてくれ」そう言ってから又兵衛の肩をぽーんと叩いた。