【前回の記事を読む】父が叔父に殺された!? 剣の師として敬愛していた叔父は逃げるように姿を消し、母までもが…
敵(かたき)
前編
2
又兵衛の一日の生活の流れは単純なものだった。朝四つに道場に行き剣の稽古をし、昼八つには人の集まる所に出かけ叔父についての情報を集める。奉行所や湯屋などに足を運ぶこともあったが、一番の情報源はやはり道場だった。叔父は剣の使い手であったから、今もどこかの道場で糊口(ここう)をしのいでいる可能性が高かったのだ。
堀清十郎(ほりせいじゅうろう)との組み手が始まった。道場の若手の中では又兵衛と一二を争う好敵手で、以前は又兵衛に分(ぶ)があったが、この頃は清十郎に軍配が上がることが多かった。
「きょうは何とか五分と五分とに持ち込めたが……」
又兵衛は、このところ自らの勝負への執着が薄れてきているのに気付いていた。
「うむ。確かにこの頃は又兵衛には負ける気がしなくなった。気持ちというか、勝負への執着が以前より淡泊になったような気がする。何か心にかかることでもあるのか」
対手(たいしゅ)の清十郎にも心配されるほどだ。
堀清十郎は三十俵二人扶持の定廻(じょうまわ)り同心でその役向きからも剣の修錬には厳しいものがあって、又兵衛にもいい刺激になっている。二つ年長だが、又兵衛同様やはり独り身だった。正確に言えば今は独り身で、二年前に妻女を自死で失っている。その自死の理由はよくわかっていない。
「同心屋敷での妻女同士の人付き合いに心を悩ましてはいたが……」
と清十郎は言う。その後しばらくの間は清十郎のどん底のときだった。役目上のしくじりも出てきたし、剣術でも我慢がなくなって又兵衛の一人勝ちがしばらく続いた。それが、一年ほどしてから急に力を取り戻してきた。
「又兵衛たち道場の仲間がいてくれたことと、打ち込むべき剣術があったおかげだ」
と清十郎はしみじみと言う。それからは役目の上でも剣術においても安定してきて力を保てるようになった。逆に又兵衛の方がその意力に押されることが多くなった。そういうわけで、今道場内の席次では清十郎が一歩先んじた位置にあった。