「兄として改めて言わせてもらうが、むろん又兵衛自身に不足があるという訳ではない。ただ又兵衛の場合、すべては宿意を果たしてのことだろう。菊江は幼いうちに両親を亡くした不憫(ふびん)な娘だ。決して悲しませるようなことはしてくれるな」
平蔵は菊江のただ一人の肉親で、親代わりのような存在だった。又兵衛も平蔵の言わんとするところはよくわかっていた。むろん自分自身の置かれた状況というものも。
しかし、菊江と一緒にいるとそのことをふと忘れた。幼いうちに両親を失うという似たような境遇だったこともあるのだろう。二人でいると、あの事件以前の十歳頃の自分に立ち戻ることができた。
大黒柱の父がおり寄り添ってくれる母がいて、敬愛する叔父には剣術を学んでいた。その頃の無邪気で快活だった自分に。まだ背負うもののない真っさらの自分だった。
だが、そういう日に限って夜寝床に入るときまってあの事件のことが蘇ってきた。そして、やはり自分には叔父を討たねばならぬ宿意があることに気付かされるのだ。そういう悩ましさが、このところ又兵衛の心の中に巣くって離れることがなかった。
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