【前回の記事を読む】4歳で即位、三種の神器もないまま――「神器なき天皇」と囁かれた後鳥羽院が生涯燃やし続けた“王者の執念”
第一章 創生の人々
二 五徳の冠者
「わたしは、日々唱道(しょうどう)を唱(とな)えて経文を民に説いています。
ですが民は難しい経文なんか、耳に入りません。意味などわからなくていいから、有難いお経を唱(とな)えてくれというのです。
うち続く戦乱ですっかり民の心は疲れ果てているのです」
「民の心は確かに疲れ果て、すさんでいるのう。その上、ここのところ飢饉(ききん)、疫病(えきびょう)、大地震などの災難が続いているしね。
人々は今この時だけ、自分が食べることだけで精一杯で、とても後生を思い、御仏(みほとけ)の教えを聞く余裕などない。
誰かが大勢の死者の魂を鎮(しず)め、御仏の教えを説かなければ、これからの日本は、自分の利益しか考えられず、お互い果てしなく争いあう日本になってしまうだろう。
ううむ。
だが、確かに法華二十八品(ほっけにじゅうはっぽん)は、難しいのう。
栄(さか)える者もいつかは滅びる。
御仏(みほとけ)の慈悲を信じ、今を精一杯生きようと、やさしく教えたら、どうかな」
「退屈して、たちまち逃げ出すに決まっています」
聖覚の言葉には、実感がこもっていた。
「そうかのう……勧進聖(かんじんひじり)達は、なかなかうまくやっているようではないか。
西行の猫の話など、いまや民に大人気だそうだが。
……そうじゃ。
説教では、だめだ。
民がすすんで聞きに来るような、面白い物語がいい。琵琶などあれば、もっといいね」
慈円は、侍僧をふりかえり、命じた。