行長は立派な高僧がいるのに驚きを見せたが、すぐにまた不貞腐(ふてくさ)れた。

(さっさと出家させてほしいのに、何故今まで、放っておくのか)

「行長、そなたの家では、日記をつけているか」

「はあ。父がつけておりますけれど。それが、何か?」

「そなたに、その日記をまとめてほしいのだ。

いや、ただまとめるだけではない。

源平の世の移り変わりを、文字を知らぬ民にもわかる物語にして、まとめてほしいのだ。そなたの父上の日記で足りないところは、この慈円が声をかけて、他家の日記を集め、書き写させよう。

聖覚殿。安居院(あぐい)房でも、お家に残る記録を書き写させていただけるかな」

「もちろんでございます。

叔父達や兄弟達にも声をかけて、高野山、仁和寺、醍醐寺などに残る記録も集めましょう」

「それは、有難い。

どうかな? 行長。

漢籍に関しては人後に落ちない、そなたにしか、できない仕事じゃ。

この慈円が比叡山や貴族に声をかけ、ここにおわす聖覚殿が各寺に協力を仰いでくださるという。

何年もかかる、難しい仕事じゃ。

引き受けてくれるかな?」

思いがけぬ事の成り行きに、行長は身の引き締まる思いだった。

行長は、黙って平伏(へいふく)した。

「それでは、行長。

ここで出家の素懐(そかい)を遂(と)げるがよかろう。

聖覚殿が、立ち合ってくださるぞ」

『五徳の冠者』などと呼ばれ身の置きどころもなかった行長は、晴れがましさに言葉も出なかった。

行長は、まだ知らなかったのだ。

慈円の企てたこの国家的プロジェクトが、どんなに困難な、まだ誰も試みたことのない計画であるのかを。

二人目の不可欠な人物が現れたと、慈円は思った。

 

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