【前回の記事を読む】職員会議で野球部の顧問をすることに…「ダメだ、こりゃ」彼らは挨拶しない・グラウンド整備しない・道具を大切にしないの3拍子
五 野球バカと野球小僧たちとの出逢い
一つの転機となったのが、福山市立KH中との練習試合であったと思う。
当時のKH中の野球部顧問は、T中学校時代の教え子:桑田尚輝である。苦労して教職員になった彼が顧問をしていることを知り、練習試合を申し込んだのだ。
試合前に驚きの光景に出くわした。
相手の顧問:桑田先生に対して、Aのお父さんが、
「おい、桑田」
と呼び捨てで声をかけるではないか。
事情を聞くと、Aのお父さんは桑田先生が在籍した有名私立高等学校野球部の一年先輩とのこと。
思わぬ展開に驚いたが…。
試合が始まると、M中がKH中を投打に渡って圧倒し、二試合とも二桁得点と最少失点で二勝をあげたのだ。
特に、Mはライトオーバーのホームランを放つなど勝利に貢献した。身体はゴツくて身体能力の高い子ではあったが授業中、眠ることで有名だった…。
試合結果にAのお父さんが大喜びされたのは言うまでもない。
それと、野球部員に、
「オレたち、勝てたよ」
「練習し続ければ、大会でも勝てるかもしれない」
という意識を持たせることができたことは大きいと思った。
私ができることは、野球部を強くし、部員に自信と度胸をつけさせること。
そして、それが学校全体を落ち着かせ、平穏を取り戻すことに繋がる、という経験値から来る“確信”だけはあった。
六 荒れの頂点を迎え疲弊していく教師たち
肝心の学校の方は…相変わらず、いやさらに難しくなってきている感さえあった。
一年生の問題を起こし続けるグループのリーダー格の男子生徒は、スイッチが入ると別人のように暴れ回り人を傷つけ、物を破壊する危険性を秘めていた。情緒的に不安定で自分の感情をコントロールすることが極端に苦手な生徒であった。
それ以外にも生活習慣が乱れ、常に暴力的で落ち着かない生徒たち、理科室のコンセントにピンセットを差し込みショートさせた生徒、カッとすると教室を飛び出す生徒、それ以外にも突出した生徒は数人。さらに二軍が十数人…と人材は豊富であった。
田中角栄:内閣総理大臣、第六四・六五代(一九七二、七・七~一九七四、一二・九)が教職の大変さに理解を示した言葉として有名な、
「子どもは小さな猛獣だ。できれば先生方の月給を倍にしたい」
この言葉は五十四年以上も前に語られたものだが…。
金満とも言われた田中角栄だけが、教職員の仕事の大変さに理解を示し、一九七四年「人材確保法」を制定。段階的に給与改善が行われていったのである。
私は以前この男が大嫌いであったが、彼の死後その著書や残された言葉を知るにつけ、見方が変わっていった。彼だけが我々教職員の味方であったのか…。
歴史を紐解けば明らかなように、国が発展するためには未来を作る子どもたちへの教育が重要なのは言うまでもないことである。
然るに現在の状況では、赤貧から教育の機会均等によって医学博士にまで上り詰めた野口英世のような人はまず登場しないだろうと思われる。貧困家庭が六人に一人の割合で存在(出典:厚生労働省「二〇二二年国民生活基礎調査」)し、彼らは貧困ゆえ教育の機会さえ均等に与えられていないのが実情である。
学校の設備や子どもたちが使用するICT機器などへの投資(ハード面)の整備も必要であるが、直接子どもたちに関わる教職員の待遇(ソフト面)を改善することこそが最重要課題であると確信する。でないと“人材”は民間企業に取られっぱなしになるだろう…。