順子

初めて降り立った仙台空港の山々は 雪景色であった

順子は 機内で乱れた髪を化粧室で直した

細面の顔立ちに 肩を流れる黒髪は似合っていた

二重の目元は抗しがたい苦悩に窪んでいたが

これからの期待に瞳は清々(すがすが)しく輝いていた

到着ロビーで彼は大きく両手を振って迎えてくれた

彼と手を取り合えるのは7カ月振りである

順子の故郷の地方支社転勤の折 彼と出会った

2年間 時折一緒に過ごした時間の結晶は

順子にはあまりにも忘れ難かった

今 順子は仙台本社へ移った彼の元へと やって来た

断ち切れない情を断ち切って

断ち切ったつもりになろうと―― 踠(もが)きながらやってきた

妻も 母としての我が子への情愛も断ち切ったつもりで……

 

順子には小柄で凡庸な夫と 小学生の息子が二人いた

夫の両親は不仲で 嫁いだ時は既に義母は県外に一人で住んでいた

初孫の誕生にも顔を見せることはなかった

夫が小学3年生の時の暮れに 家を出たらしい

義父は役所勤めで無口だが 山野草のエビネづくりは小まめであった

髪の薄い丸顔に人の良さそうな目元は 夫とよく似ている

夫は義母の不在を

父親の見栄えのしない取り柄のない所 が母は嫌で家を出て行った と 話した義母は隣町の駅近くでタバコや雑貨を売り 食堂も営み 夜はお酒も提供する商家の娘であった

順子は義母の家出には好きな男性が居たらしい事も 職場の同僚から聞き知っていた

背筋を伸ばして斜めにポーズを取って写真に納まる細身の義母の隣に

小柄で 短か過ぎるズボンに仁王立ちで丸顔を突き出す義父の姿には

若い頃の義母が覚えたであろう不満は 女の直感で順子にも理解はできた

自分たちのシルエットにも似ていると 感じた

 

平凡な家庭は 義父の逝去の4カ月後に急変した

義母がひとり住んでいた家を引き払って 雑多な小物と一緒に急に戻って来た

義母の身勝手さは 順子には受け容れ難いことに思えた

従順な性格の夫は 義母には殊更の意見も言わなかった

義母は一人息子との長い別離の時間を埋めようと 順子の妻としての所作を 事ある毎に批難し 夫婦間に自分の心を流し込める溝を作った

夫も忘れていた母性への思慕と 注がれる独り善がりの慈愛に 無防備に子供還りの笑顔で浸り すっかり妻の心から遠ざかっていった

子供たちも不摂生に義母の与える菓子類に 歓声を上げた

 

順子は夫を取り戻そうと 懸命に妻としての振る舞いを顕示し 夫が好きな食卓を整え 心を誘ったが 食卓の空気に順子の影は次第に薄くなっていった

子供を連れ 自分の実家への逃避も何度か繰り返したが

それは 夫と義母の取り成す空気を 色濃くしただけであった

実母の息子への情愛のベールへ抗い 夫婦の絆を編み直す術は次第に失していった

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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