プロローグ  南フランスにて

窓際に置いたカット・グラスの花瓶地中海へ沈む夕陽がグラスを抜けて

白いテーブルクロスをオレンジ色に染める花瓶に挿した セロシアの花

柔らかな花弁は 真っ赤な炎に燃え上がり

鮮やかに自分を誇示し 今を演じる

波打ち際からの海風が 部屋のカーテンを揺らす心地よい……

今の時間が 少しでも続くのが願い

南フランスの旅は

シャガールの絵画に観た命の輝きニースに沈む夕日に満たされた自分

非日常との出会いも 明日はバッグに思い出を詰め込みそして 終わる

また きっと始まる 住み慣れた街での単調な夕暮れ

繰り返される日々に 幸せを探す99の愛の歌

100篇目は あなたが あなたの物語を書いてみて

それからの日々はきっと輝ける……

 

Jyuuki 十世

第1章 自分が翳む風

自分が翳(かす)む風

通り過ぎる風に 自分が翳むような風を待っている

「印象好いよ ホラッ 会ってみる?」

知人は シルクのカーテンを透かす夜景を背景に

ディナー席へ座っている 眉毛の整った男性の写真へ視線を誘う

(今はまだいいわ)

曖昧な言葉で視線を外す

みんなそれぞれに染まっていくブライダルの風景

チャペルの鐘を鳴らすトキメキの順番を待っているかのように

ウエディングベルの音が 多くの期待の道しるべかのように

「性格的にもあなたに合うと思うよ きっと」

でも やはり何かが 動かない

動きたい心を押してくれる何かが足りない

今は足りない何かを 運んで来てくれる風を待っていたい

季節が巡り心が少し疲れたら

少しだけ 緩い明日を迎えるテクニックを覚えたら

自分に合う風を求めるのをやめ

人の言葉の後に 並んでもいいけど

 

チャペルの入り口なんて

激しく揺れた心の上に絡ませた指先でも

それほどの思いもなく引かれた手でも

ウエディングベルの音から始まる風景に

あまり違いはなさそう

でも

今は 自分が翳んでいくような風を待っていたい

今は 待てる自分だから

待てる自分が 今は 好き

幸せの門

幸せの門の前にはきっと この貼り紙があるのです

【あなたは この門の鍵を持っていますか?】

風が言います――誰にでも手に入るよ!

空が教えてくれます――君も持っているよ!

木が遠慮がちに――少しの勇気で良いのだよ

小石が――でも 気づくのは難しそう……

幸せの門の鍵は

~やはり 見付けるのは難しそう~

今日も又 何人かが門の前から 去って行きます

老いた犬が――

私は風に背中を押され

愛されていた日々を思い浮かべながら歩いてきた

愛されていた時間も人も とうに消えたけど

空から小屋に射し込む朝の光に

心の皿は空っぽでも それだけで 今は幸せ

優しい木陰

そこに行けば思い出される 愛されていた日々を―― と

小石が

そのままに在りなさいよ わたしみたいに

人はそんなに此方のことは見てはいないよ!

他人の心の中に自分を探すより

今の自分に寄り添ってみると

頬杖が外れ 自由になれるような気がした

――次の朝 この門を潜った