「空を飛べるようになった」ことは、夢の中でのできごとながら、私にとって小さくない変化だった。ありきたりの日常に、何かが起こりそうな予感がしていた。

もっと高く、もっと長く飛びたい。自分でコントロールできる技術を身に付けたい。現状はまだ意図的に空を飛べない日のほうが多い。土日の前の夜は早く夕食をすませて眠りを求めた。だが 思いとは裏腹に、夢のコントロール自体の調子が悪いようだ。

例えば結婚してすぐに知人から譲り受けた雌猫が、当時のままによく夢に現れる。とっくに天に召されているのだが、寝室の前の廊下を猛ダッシュで往復し、夜中じゅう運動会を繰り広げる始末。とても飛ぶ練習どころではない。

ある日は目を閉じたら、いきなり目に見えぬ人の気配に襲われて逃げ惑う。目を覚まして寝直しても、何度も同じ夢を見てしまう。そうなると飛ぶ練習をあきらめて起きているしかなかった。

そんなこんなで飛ぶ練習はなかなか進まなかった。が、もっと上手く飛べるようになりたいと念じ続けていたら、かなう夜が訪れた。起きている時間もパソコンでつばめなどの鳥が飛ぶ動画をいくつか探し当て、スロー再生しながら羽と体の動きを探求していたからだろう。すぐに河川敷に向かい、飛ぶ態勢に入った。

練習を繰り返し、試行錯誤を繰り返し、少しずつ飛ぶことに慣れていった。少々の風なら、うまく利用して上昇することさえできるようになった。風には通り道があって、吹き荒んでいる層の上下は意外に穏やかだったりするものだ。

かなりの高さから墜落する心配もほぼなくなった。一番気を付けるべきは、目の前に思いもしなかった木やビルが現れたときだ。回避に必死になる余り、両腕の動きが疎かになる。気が付くと高度が急に下がり、焦って事態を悪くする。

大抵の障害物には驚かなくなったし、左右の腕の動かし方でよけられるようになった。また高ければ高いほど、少しくらい高度が落ちても地面にたたきつけられる心配がなくなる。落ちたところから再び上を向いて元の高さに戻る力も付いた。

もう一つ自分にとっての大きな進化は、休憩を取れるようになったことだ。都会には高い構造物が多いので、途中で腰かけて休むことが容易だ。さらには飛んでいるときも、上昇気流をつかめれば、両の腕をぶらぶらと休ませても高さを維持できることがわかった。これは楽だ。

次回更新は6月3日(水)、11時の予定です。

 

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