三 現行日記の成り立ち

日記歌

古本系家集の二本(陽明文庫本・宮内庁書陵部本)は、巻末に十七首の日記歌を持っている。日記歌の最初の五首は、現行日記に見られないものであり、このことから、現行日記は本来この五首を含むものであったとする首欠説が唱えられている。

次に、古本系家集の日記歌五首を引用する(便宜上歌に番号をつけた)。

日記歌1

三十講の五巻、五月五日なり。今日しもあたりつらむ提婆品(だいばぼん)を思ふに、阿私仙(あしせん)よりも、この殿の御ためにや、木の実もひろひおかせけむと、思ひやられて

妙(たへ)なりや今日は五月(さつき)の五日とていつつの巻にあへる御法(みのり)も

日記歌2

池の水の、ただこの下に、かがり火にみあかしの光りあひて、昼よりもさやかなるを見、思ふこと少なくは、をかしうもありぬべきをりかなと、かたはしうち思ひめぐらすにも、まづぞ涙ぐまれける

かがり火の影もさはがぬ池水に幾千代(いくちよ)すまむ法(のり)の光ぞ

日記歌3

おほやけごとに言ひまぎらはすを、大納言の君

澄める池の底まで照らすかがり火にまばゆきまでもうきわが身かな

日記歌4

五月五日、もろともに眺めあかして、あかうなれば入りぬ。いと長き根を包みてさし出でたまへり。小少将の君

なべて世のうきになかるるあやめ草今日までかかるねはいかが見る

日記歌5

返し

なにごととあやめはわかで今日もなほたもとにあまるねこそ絶えせね

日記歌は、十七首あり、最初の五首と最後の一首は現行日記に見られず、十一首が現行日記に一致する。日記歌は、次のような形態を持つ。

A 五首

B 十一首(現行日記に一致)

C 一首

この形態は、日記歌は現行日記を零本と見なして、現行日記の前後に、他の資料からの歌を補足したことを示唆している。つまり必ずしも原日記の存在を示すものではなく、ACともに外部資料の引用であると見ることができる。

Cの一首は、『後拾遺集』に「題知らず」として採られていて、『後拾遺集』の歌とCの歌は、共通する資料から採られていると考えられる。

Aの歌五首は、次に引用する定家本系家集の七首に一致し、Aの五首と定家本系家集は、共通する資料から採られたと考えられる。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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