【前回の記事を読む】人脈・交渉・プレゼンなど、日本式ビジネスの仕方はアメリカに通用する? 日本人であるという要素を自分の強みに変えれば…

第二章 会ったことのなかった人たちの存在感

私は、父にも父方の祖父にも会ったことがない。本人たちに会ったことがないというだけでなく、父方・大橋家はずっとロサンゼルスにいたので、私は20代半ばまで手紙だけのやりとりで、直接の接触はなかった。

私が育ったのは、東京都杉並区の母の実家・町田家であった。それだからこそ一層、私の中では自分が存在することの証しとして、またこれから先の生き方の道しるべとして、会ったことのない父や祖父の存在は大きな役割を果たしている。

祖父・大橋廓道(かくどう)(1887〜1952)のこと

 

祖父について、インターネットで検索してみた。二つ文献が見つかった。

大橋廓道著『明治大正御聖徳』

現代仏教家人名辞典

それぞれ、1913年と1917年の出版である。検索を続けたら、ともに国会図書館にマイクロフィルムがあることが判明。そうか、行けば見ることができるのだろうか。さらにインターネットで調べていたら、人名辞典の方はオンラインで閲覧できたので、祖父の項を書き写しておく。

大橋廓道(オホハシ カクダウ)

師は奈良県高市郡船倉村松山、浄土宗天然寺住職。大僧都、輔教、嗣講。明治十年尾張国に生る。二十八年浄土宗大阪教校卒業。其年秋総本山知恩院に於て伝宗伝戒。三十二年高等学院卒業。三十五年更に専門学院を卒業す。四十一年当山住職拝命。

インターネットで調べると、浄土宗天然寺は現在、奈良県高市郡高取町松山にあるという。連絡してみたが、返信はなかった。

著書の方はインターネットでは見ることができない。いよいよ国会図書館まで行かないといけないか――。まずどうしたらいいか、地元の図書館に相談に行った。

司書の方がサササーッと検索して、ここで読めますよと図書館のコンピュータ端末で表示してくれた。これは、多摩市の図書館と国会図書館のサービス連携のおかげだ。個人のコンピュータからは読むことができない。

本の内容は、明治天皇と大正天皇ご一家の和歌などの話で興味がないが、祖父がしていたことがわかったという点では発見であった。奥付の情報は、

「著作者 文學士 大橋廓道 大正二年 神洲皇學舘発行」

そうか、ボクのオジイさんはボウズだったのか。それがどうして、僧侶を廃業してアメリカに移住したのだろう。

戸籍を調べてみた。大橋家の本籍はいまは東京にあるが、以前は奈良県にあった。奈良の小さな市の市役所市民課に問い合わせ、使用目的は家系図作成として、古い戸籍の写しを送ってもらう。

戸籍によると、私の祖父(廓道)は曽祖父(麟郭)の養子。愛知県(現在の愛西市)の実家では次男として生まれ、そこから奈良県(現在の御所市)のお寺の跡継ぎに入っている。そこで住職になるべく教育を受けた。先の人名辞典によると、祖父は1908(明治41)年に奈良県の浄土宗天然寺の住職になっている。

私が母から聞いていた話によると、祖父はある時期僧侶としての研修のため大阪にいた。その時下宿したのが、祖母(フサ、旧姓 葛和)の実家。八百屋か何か、商売をやっていたそうだ。二階に下宿していた学生とその家の娘が一緒になったというわけで、1910(明治43)年に婚姻届が出ている。

祖母の弟である葛和さんは日本にいらしたので、私が引退して日本に帰国してからだったが、一度お目にかかってお話ししたことがあった。母から聞いていた話は本当のようだった。