【前回記事を読む】入口で15分待っても案内されず、何度お茶を頼んでも出てこない…それでも、その店が繁盛している理由は…

10 6月

近くの田んぼにカルガモがいるそうである。そのカモたちは、親子なんだか家族なんだそうである。初耳である。

カルガモ? 20年前からここで田植えの時期を見ているものの、今までそんなの見たことがない。それなのにみんなが知っている。みんなして見守っている感まである。事務員さんが言うのには、「小さい頃から知っていてね、かわいいの。あのコたち大きくなったわ」なのである。

カモ? カモが小児から成人するのにはどれくらいかかるのだ? あのコたち? アイガモ農法などもあるようである。カモも役割を持たされて放たれているのだろう。

夕暮れ前の時間に、カモを見つけがてら散策する。まだひ弱な稲の苗、田んぼの風紋が弧を描きながら移動していく。カモは見つからない。放水も止まっている。静かな午後である。時折、鳩がぽっぽーと鳴く声が聞こえてくる。

小学生の頃、通学路にはたくさんの田んぼがあった。学校帰りに友人たちと田んぼの中を覗き込んで、おたまじゃくしやカエルの卵を見つけたものだ。アメンボたちが水紋を作り、運が良いとゲンゴロウを見つけることもできた。

足元から白くて小さな鳥が飛び立つ。燕だ。燕が低く飛ぶと雨降りの前触れ、なるほど怪しい空模様である。歩を進める。不安定な空模様に竹林がさあさあと音を立てる。モンシロチョウが落ち着きなく上下にひらひらと舞っている。

通り沿いにある家々の表情、置いてきぼりにされた自転車の表情。贅沢な時間である。車だとあっという間に過ぎていく景色が今日はさまざまな顔を見せてくれる。

いよいよ雨が落ちてきそうである。今年は梅雨も早いという。子どもの頃には、たっぷりあり過ぎて、うんざりするほど持て余した時間のはずだが、今は、たまらなく豊かなものに思える。年を重ねることは素敵なことだと感じる。なんでもなかった当たり前のものをとても愛おしく思うことができる。