社長はあらゆる面で尊大だったが、大きな心と繊細な配慮を持った人だった。社会人のスタートは、経理職のサラリーマンだったそうである。
2年ほど勤めて一念発起し、税理士を目指した。やっと試験合格しても仕事は全くなく、小さな商店を中心に、各自に合わせた〝簡単な経理〟を工夫し、着実にファンを増やした。顧客が増えると法人化し、必要に応じて都度都度組織を立ち上げた。
社長は、感情をあらわにする人ではあったが、トラブル対処を相談するときだけは怒らなかった。静かにごく当たり前のことを私に諭す。「今はそんな一般論を知りたいわけじゃない」「そんな回答じゃ解決につながらない」と、苛立たしい気持ちを持ちつつも、教えの通りに従えば、不思議とすべてといっていいほど問題は解消された。
新体制になって1年が経過した。1年はあっという間と言いたいところだが、そうも言えない感じである。
今日もぼんやりと、屋根に斜めにかかる樹を眺める。樹は苗木から大きくなり、苗木の前は、親となる樹からこぼれた種子だったはずである。心や技術は、俄にわかに仕上がるものではない。努力の上に成長がある。
成長は、一定度の時間が絶対的に必要である。過ごす時間の量と質、それから、起こったことを素直に吸収できる根も必要だ。現状に満足できず焦って背伸びをしても、自らをひずませるだけである。
仕上がり像はある。努力なら精一杯しよう。過ぎた日々に感謝をし、目の前の毎日を大切に過ごしていこう。
眼下には、曇天のカオスの中にいる両足がある。初夏の空に生える蘇芳は、小さな矜持と勇気を与えてくれるのである。
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